第160話 覚醒

 クルードはビンギルの村で多数の犠牲を出しながらワクチンの開発に成功した。

 その後クルードが開発したワクチンを世界に向けて供給を始めて二週間程が経った頃、奇妙な報告がライカバードの元へと上がってきていた。


 秘書官からの報告によると、セントラルボーデン国内の、ある中堅都市に住む中学生が百メートル走で世界記録を出したというのだ。

 その記録が七秒フラット。

 当時それまでの世界記録が九秒台前半だった事を考えればありえない話だった。


「それが本当なら中学生が世界記録を二秒以上上回った訳か。ふん、そんなくだらん報告などどうでもいいわ」


 鼻で笑い一笑に付したライカバードだったが秘書官は真剣な表情で更に続けた。


「首相、これが一件だけならただの間違いでも通るのですが、こういった報告が我がセントラルボーデン国内だけでも既に数十件。先日は首都で暴漢に襲われそうになった女性が相手の男を返り討ちにし、過剰防衛で逮捕されたのですが、女性は身の危険を感じ一発殴っただけだと言うのです。ですが相手の男はアゴが粉砕骨折しており、首が百八十度以上捻れて死亡しました。極めつけはこちらをご覧下さい」


 そう言って秘書官がモニターを指さすと、ライカバードは眉根を寄せたままモニターを見つめる。


「これは国内の地方都市で先日撮られた映像です」と秘書官が言うとモニターには一人の男が映し出された。男は何もない公園の広場のような所に立っていた。その男が徐に手を振ると突然突風が巻き起こる。更に男が両腕を振りながら何かを叫んだ次の瞬間、竜巻が起こり周りにあった木々をなぎ倒していった。


 これを見たライカバードは流石に驚愕の表情を見せていた。


「CGかなんかによる加工ではないのか?またはなんらかのトリックだとか?」


 ライカバードが尋ねたが秘書官は静かに首を振った。


「様々な角度から検証しましたが映像は本物でした。今この映像の男にコンタクトを取りに私の部下が向かっております。更に火を操る者や氷を作り出す者等も報告されており、この者達に共通しているのが全員ワクチンを初期段階で接種しているという事です……首相、何かが起きています」


 一瞬間を置き考えた後、秘書官は静かに訴える。


「クルードだ。クルードを今すぐ呼べ!」


 秘書官からの報告を聞き、ライカバードはすぐにクルードを呼び出した。呼び出されたクルードはすぐに現れ、ライカバードが受けた報告を全て聞かされた。

 報告を聞いたクルードは初めこそ驚いてみせたが、一瞬考えたかと思うとすぐに片方の口角を上げて楽しそうに笑みを浮かべていた。


「クルード、貴様これはどういう事だ?まさか貴様ワクチンに何か仕込んだのではあるまいな?」


 静かに、それでも強い口調で尋ねるライカバードを見てクルードは笑みを浮かべながら静かに首を振った。


「まさかまさか。そんな訳ありませんよ。ただ報告も、そして今見せていただいた映像も興味深い。実はビンギルの住民にも数日前から変化が現れ、昨日から観察しながら数値等も録っているのです」


「貴様、何故それを早く報告せん!?」


「いやいや、定時報告の後に発覚したのでまずは検査、観察し、次の報告ではあげるつもりでしたよ。首相、人の脳は十パーセント程度しか使われていないという説があります。人のDNAは二パーセント程度しか解明されておらず、残りの九十八パーセントはジャンクDNAと呼ばれる物で働き等も解明されていません。もちろんこれらの説には諸説ありますが、これらの眠っていた人類の脳やDNAを目覚めさせたとすれば今起きている身体能力の飛躍や超常的な能力を持てる可能性は十分にあります」


「人の眠っていた能力がワクチン接種によって呼び起こされたというのか?……そんな事が起こり得るのか?」


「それを研究、解明するのが私の役目かと思います。私はビンギルに戻ってよろしいでしょうか?早く戻って研究を開始したい」


 そう言って反転し、帰ろうとするクルードをライカバードが慌てて引き止める。


「ま、待てクルード!話はまだ終わっておらんぞ」


「これ以上何を話すと言うのです?今は一刻も早くデータを解析し、今何が起こっているかを解明する事が一番ではありませんか?」


 普段ひょうひょうとしているクルードが不機嫌そうな表情をして振り返ったのを見てライカバードも戸惑いの色を見せる。


「確かに貴様の言う事も一理あるが、これからは報告は逐一あげる事だけは約束しろ」


「ああ、まぁそうですね。ちゃんと報告しますよ。ああ、それと出来れば死刑囚か終身刑の者を更に二、三人回していただけませんか?」


 そう言って普段通りのいやらしい笑みを浮かべてクルードは部屋を後にした。


 奴め、一体何をするつもりだ?――。

 クルードの最後の言葉を聞きライカバードは怪訝な表情を浮かべて暫く眉根を寄せながら黙り込んでいたが一つ息をふぅ、とつくと表情を崩した。


「まぁいい。おい、この前死刑判決が出た連続殺人犯がいただろ?あと誘拐して監禁を繰り返していた奴。あいつらをクルードの所に送れ」


「はい、すぐに手配します」


 秘書官に命令しライカバードは椅子に深く腰掛け一人含み笑いを見せた。

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