第159話 シャーロット②
「ええ、おっしゃる通り奥様は元気です。ですが検査の結果Cウイルスに感染しておられた可能性が極めて高いのです。しかも奥様はCウイルスを克服したと言うよりは取り込んで無害化している可能性があります」
「ば、馬鹿な……シャーロットが?」
クルードの言葉を聞き、リアンとシャーロットは目を丸くさせて顔を見合わせていた。
「ええ、いいですか? そもそもウイルスが体内に侵入すると人の体は異物を取り除こうと攻撃を始めます。Cウイルスは――」
リアンとシャーロットが困惑の表情を見せていたが、クルードはお構いなくCウイルスについて話し出した。シャーロットの身に何が起こっているのか理解が追いつかないまま、二人はクルードの無駄に長い話を聞かされる事になった。
「――まぁですのでCウイルスは――」
「待て待て、ちょっと待ってくれ。えぇとクルード博士でいいか? 俺達みたいな素人にも分かる様に話してくれ。シャーロットを呼び出して一体何をさせたい?」
お構いなしに講義を行っている様なクルードをリアンが制すると、クルードは一瞬止まりほくそ笑む。
「これはこれは失礼。そうですね端的に申し上げまして、奥様のシャーロットさんには今世界でパンデミックを引き起こしているCウイルスを撲滅する為に実験に協力して頂きたいのです。先程も言いましたがシャーロットさんは一度感染してCウイルスを無害化している様なのです。まずは詳しく検査させて頂けませんか?」
少し見下した様な笑みを浮かべ、今も何処と無くいやらしい笑みを浮かべているクルードに対してリアンもシャーロットも軽い嫌悪感を感じてはいた。しかし今人々を苦しめている謎の疫病を収めるのに役立つならと、シャーロットは意を決して検査への協力を快諾する。
「わかりました。私が何かお役に立てるなら喜んで協力致します」
「おお、それは有り難い。ではまずこちらの書類にサインをして頂き、すぐに細胞の採取に移らせて頂きたい」
シャーロットの言葉にクルードは目を輝かせ、すぐさまファイルの様な物を取り出し契約書にサインを迫った。
しかしすぐにリアンが間に入りそれを制止する。
「ちょっと待てシャーロット。世界の為にという君の考えは素晴らしいが、せめてもう少し慎重に契約書を読んでからにするんだ」
「ええ、でも協力するわよ。こんな私でも役に立てるんだよ。それに……私が世界の救世主なんて、心躍らない?」
そう言って屈託のない笑顔を見せるシャーロットを見て、リアンも諦めた様に苦笑する。
それから数日間、シャーロットとリアンは軍施設に泊まり込みでクルードの実験に協力する事になった。
しかしそうは言ってもリアンは特にする事もなくシャーロットの身の回りの世話をするぐらいで、シャーロット自身もクルードに言われるがまま、ベッドで横になり脳波を測定したり、採血されたりする程度で特に酷い実験に付き合わされる訳でもなく、数日後には二人揃って御役御免となった。
「思ったより簡単に終わったわね。これで世界を救えるのかしら?」
帰宅するなりシャーロットが問い掛けた。実際、健康診断に毛が生えた程度の事をしたぐらいで、それ程大層な事などしなかった。
「まぁ正直拍子抜けだったけど、良かったんじゃないか?あれぐらいで世界が救えるのなら」
「まぁそっか」
そう言いながら笑って、ようやく二人だけの時間を満喫する事が出来た。
一方クルードはシャーロットから持たらされたデータや細胞等を元に、研究を進めて行く。
「……そうか、やはりシャーロットの細胞が肝か。上手く培養しながら薬の量産化に繋げなければならんな。まぁ少々失敗してもオリジナルはすぐそこにあるんだ、足りなくなったらまた呼び出せばいい」
薄ら笑いを浮かべながらクルードは研究に没頭して行く。その後暫くして試薬品とも呼べるある薬を作り出す事に成功すると、クルードはすぐにライカバードの元に報告に赴いた。
「首相、試薬品が出来ました。早速臨床試験を行いたいのですが」
「何、本当か?待ちわびたぞ。では早速被検体を数名用意しよう」
クルードからの報告を受け、嬉々として次の段階への準備を指示しようとしていたライカバードをクルードが狡猾な笑みを浮かべてそれを制する。
「首相ちょっとお待ちください。被検体は出来るだけ多い方がいい。それに普段の生活を送ってもらいながらそれを観察したいのです。ですので出来れば小さな村一つ、例えば事故のあった研究施設の近くの村なんかを使わしてもらえませんか?」
クルードの具体的かつ突拍子もない提案に流石のライカバードも顔をしかめる。
「貴様、もしその臨床試験が失敗に終わってみろ。村一つが壊滅しかねんのだぞ」
「ええ、ですので情報統制をしっかりしていただき、何かあっても外に情報が漏れないようにしていただきたいのです。それにこのまま手をこまねいていれば村一つどころか国が一つ壊滅するかもしれませんよ」
そう言って笑みを見せるクルードをライカバードは眉根を寄せて見つめていた。クルードは人として明らかに何かが欠落していた。だが技術者としては超が付く程優秀だ。ライカバードは目を閉じ、静かに唸った。
「……う~む……仕方ない。良かろう、そのビンギルという村を使え。情報統制もしっかりしよう。ただし貴様も全力を尽くせ、わかったな?」
「はい、勿論でございます」
こうして国として情報統制をしっかりと敷き、表向きはクルードによる新型ウイルスに対する臨床試験という名の人体実験が始まっていった。
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