第158話 シャーロット
人知れずCウイルスが蔓延の兆しを見せる中、セントラルボーデン国家にある軍事施設内にある居住区の一室にて、二人の男女が抱擁を交わしていた。
「おかえりなさいリアン」
「ただいまシャーロット。少し体調を崩したって言ってたけど大丈夫かい?」
「ええ、病院に行って出された薬飲んで一日ゆっくり寝てたらすぐに良くなったわ」
「そうか、なら良かった。最近謎の病気も流行ってるからな」
シャーロットの頭をポンポンと軽く撫でた後、リアンは着ていた軍服の上着をシャーロットに託す。シャーロットは笑顔で受け取ると、慣れた手つきで上着をハンガーに掛けた。
「ねえ、もう暫くは出張ないんでしょ?」
「まぁ多分大丈夫だと思うけど、さっきも言ってたろ? 謎の病気が流行ってるみたいだからひょっとしたら駆り出されるかも」
軽く頭を掻きながら答えるリアンを見て、シャーロットは頬を膨らます。
「そんなの医療機関の仕事じゃない。リアンがわざわざ行く必要なんかない。大体その変な病気にリアンがかかったら軍はどう責任取ってくれるの?」
「まあそうなんだけど……国の一大事だとしたら流石に軍も知らん顔は出来ないって事さ」
少し拗ねるシャーロットをリアンは苦笑しながらなんとか宥めていた。実際謎の病の噂は一般市民にも広がり始めていた。セントラルボーデン国家の上層部がどれ程躍起になって情報操作しようとも、既に爆発的な感染拡大を見せるCウイルスの存在は隠しようが無かったのだ。それどころか他国でも謎の病は報告されてきており、Cウイルスは世界規模での爆発的感染拡大、パンデミックを引き起こし始めていた。
時を同じくしてセントラルボーデン国家内にある軍事施設内の研究室でクルードがとある資料を片手に驚愕の表情を見せていた。
「なんだこのデータは……まさか、Cウイルスを克服したというのか?」
研究施設での事故から約一ヶ月が経った頃、Cウイルスは全世界に広がりを見せ、人々を次々に死へと追いやっていた。
「まずい、まずいぞ。このままでは人類を滅亡の危機に追いやった愚かな独裁者として私の名前が歴史に刻まれてしまう」
セントラルボーデン国家首都にある首相室にて、ライカバードは頭を抱えていた。実際Cウイルスの致死率は相当なもので国民の間では『死をもたらす病』として既に恐れられていたのだ。
そんな中、クルードが血相を変えて突然首相室を訪ねて来る。
「首相! ライカバード首相、お願いしたい事があります」
普段ひょうひょうとし、何を言われても何処吹く風といった感じのクルードが焦った表情をしているのを見て、ライカバードも怪訝な表情を見せる。
「な、何事だクルード? まさかまた何かよからぬ事でも起きたか?」
「いえ、先日軍施設の病院を利用したシャーロット・シュタイナーなる人物を探し出していただきたいのです」
予想だにしないクルードの願いにライカバードは一瞬呆気に取られてしまう。
「……シャーロット・シュタイナー? 確かリアン・シュタイナー少佐の妻がシャーロットだった筈だが、その人物か?」
「軍の病院を利用しているのでそうかもしれません。データではシャーロット・シュタイナー、二十八歳、女性としか分からないので」
「歳の頃もそれぐらいの筈だし間違いないだろう。そのシャーロットがどうしたのだ?」
「今回の騒動を収める劇的一歩になるかもしれないのです。すぐに検査をさせて頂きたい」
「何? 本当か? よし、すぐに連れて来させよう」
こうしてリアンの妻、シャーロットは首相勅命を受け、軍施設に呼び出された後、クルードと対面を果たす事になった。
自分が何故呼び出されたのか分からないまま、研究室まで連れて来られたシャーロットは不安気な表情を浮かべていた。
「これはこれはミセス、シャーロット・シュタイナー、わざわざお越しいただきありがとうございます。御一緒されてるのはリアン少佐でお間違いないですか?」
「ああ、そうた。誰だ君は? シャーロットに何の用だ?」
突然呼び出され不安がるシャーロットに、寄り添う様にリアンは付き添っていた。そんな不安気な表情を浮かべるシャーロットの前に、いかにも胡散臭い男が現れた。リアンはクルードの前に立ちはだかると不快感をあらわにする。しかしクルードは薄ら笑いを浮かべると饒舌に話し出した。
「これはこれは失礼しました。私はクルード、ご覧の通り研究者です。これでも少しは優秀な方でしてね、国から今巷で流行っている例の疫病の研究を任されてまして」
「ほう、その優秀なホワイトカラーがうちの妻に何の用だ?」
「ふふふ、率直に申し上げまして、奥様はCウイルスに一度感染されています」
「え? そんな……」
「馬鹿な? 妻は、シャーロットは元気にしているぞ」
突然の宣告に驚きを隠せない二人を前にして、クルードは更に口角を上げた。
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