第154話 第三章 プロローグ④

 議会室の緊張は高まって行く。

 そんな中、静観していたセシルが一歩前に足を踏み出した。


「ねぇ、あんた名前ぐらい名乗ったら?」


 驚いたフェリクスが振り向くとセシルは冷笑を浮かべていた。慌ててフェリクスが間に入ろうとしたが既に二人は止まる様子などなく、会話が進んで行く。


「なんだぁ姉ちゃん? 俺は王都守護隊ハイデル中佐だ」


「そう、私はセシル・ローリエ。まぁ何か文句あるならかかっておいでよ。えっと、ハゲテル中佐」


 セシルの安い挑発に、スキンヘッドのハイデルは目をギラつかせながら笑った。

 巻き込まれてはたまらんと慌てふためき、高官達は部屋の隅へと避難する。


『氷のつぶてよ、大気より集まりて敵を撃て』


 ハイデルが詠唱を唱えると周りの水分が集まり氷の塊が幾つも出現して行く。それを見たセシルが片方の口角を上げてニヤリと笑う。


「はは、そのなりでウィザード? いや、ソルジャー寄りのハイブリッドって所かな?」


「今更後悔しても遅いぞ小娘! 氷の弾丸アイスバレット


 ハイデルが唱えると氷の弾丸がセシル目掛けて放たれる。それと同時にハイデル自身も腰にあったナイフを抜き、セシルに飛びかかった。


 氷の弾丸と身体能力を活かした直接攻撃。この二段構えの攻撃は確かに完璧だった。並大抵の者なら氷の弾丸を躱すか、防ぐ間にハイデルのナイフに倒されるだろう。

 だが更なる猛者ならハイデルのナイフも辛うじて防ぐかもしれない。その可能性がある為、ハイデルは片手で扱えるナイフを選択しており、もう一方の手は既に次の氷系魔法の準備に入っていた。


「ははは、全て躱しきれるか小娘!」


 迫る氷の弾丸とハイデルを前にセシルが冷たい笑みを浮かべると、セシルの右手に急速に風が集まる。


「なんでわざわざ私が躱さなきゃいけないのよ『暴玉風烈弾ライジングバースト』」


 セシルが右手を打ち出すようにして唱えると、圧縮された風が眼前に迫った氷の弾丸を砕き、迫るハイデルを直撃した。氷の弾丸を躱すか防御すると想定していたハイデルだったがセシルは正面から全て粉砕したのだ。

 飛びかかっていたハイデルはカウンターの様に暴玉風烈弾ライジングバーストの直撃を顔面に受け、後方にめり込むかのような勢いで倒れ込んだ。


『風よ纏え』


 すかさずセシルがハイデルの横に回り込むと風を纏った足で倒れたハイデルを思いっきり蹴り上げる。

 蹴り上げられたハイデルは無防備に天井に打ちつけられ、再び床へと落下する。そこでもう一撃入れようと待ち構えていたセシルだったが、流石にここでフェリクスが止めに入った。


「よし、分かったからそこら辺にしとこうか」


「何よ、まだ十秒経ってないわよ。こいつが言い出したんじゃない」


「このままやったら死ぬだろ」


「流石にそこまではしないわよ。四分の三殺しぐらいにしとくって」


 せめてそこは半殺しで収めろと、言いたかったフェリクスだったが笑顔でセシルの肩を叩く。

 横で転がるハイデルは既に意識は無く、セシルの暴玉風烈弾ライジングバーストをまともに受けたであろう顔面は内出血で酷く腫れ上がっていた。


 フェリクスは自分が軽くお灸を据えてやろうかと思っていた時にセシルが前に出て来て嫌な予感はしていた。大臣の時からキレ気味だった上に、ハイデルが出て来た時には既に目が据わっていたのだから。


「誰なんだあの女性兵士は?」

「あの子は何者だ?」


 静まり返っていた場が次第にざわめき出した。

 小柄で華奢なセシルが二メートルはある筋骨隆々のしかも王都守護隊であるハイデルをほぼ一撃で伏せたのだから周りの反応も仕方なかった。実際は高度な魔法を纏った一撃だったが、戦いに慣れていない高官達の中にはセシルが一撃殴ってハイデルを倒した様に見えた者もいたかもしれない。それ程速くて強力な一撃だった。


 そんな中、突然奥にあった扉が開くと豪華な正装を纏い、両脇を警備兵に護られた人物が姿を現した。その皺一つない綺麗なジャケットには豪華な装飾が施されており、手にはシンプルながら黒光りする一目見ただけで高級そうと分かる杖が握られていた。

 フェリクスが即座に膝を着くと、その人物が王であると気付いたセシルも直ぐに膝を着き頭を垂れる。


「なんだ? 騒がしいな」


 王がそう言い放つ頃にはその場にいたほとんどの者が膝を着き頭を垂れていた。


「申し訳ございません。自分が騒ぎの張本人です」


 セシルが頭を垂れたままそう言うと、フェリクスが即座に割って入る。


「王様、今回の騒ぎは自分が発端です。どうかセシルへの懲罰は――」


「ちょっと待て、事態が分からん。誰か正確に説明出来る者は?」


 フェリクスの言葉を遮り王が尋ねると一人の高官が手を挙げ説明を始めた。高官は贔屓目などなく、今起きていた事を正確に伝えると王は一瞬目を閉じた後、笑みを見せた。


「……なるほどな。今回の騒動でフェリクス・シーガー及びセシル・ローリエの行動は不問とする 」


 そう高らかに宣言する王の言葉を聞き、フェリクスは頭を垂れながら僅かに笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


「但しもうこれ以上騒ぎを起こしてくれるなよ。今はそれどころではないのだから」


「はっ」


 王は一瞬やや呆れた様に笑った後、直ぐに引き締め全体を見渡す。


「全員頭を上げよ。これより現在の状況の報告及び今後の方針を発表する。全員椅子を並べて席に着け」


 セシル達が暴れて散乱した椅子や机を全員で一斉に並べ始める。勿論フェリクスとセシルの二人が率先して手伝っていたのは言うまでもなく、ものの数分で綺麗に机と椅子が並べられ、意識を失い倒れているハイデルを外に出すと全員が即座に席に着いた。

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