第123話 動き出した運命⑮

 フェリクス達が行方不明になって二日目、明るくなった外を眺めながらフェリクスは服を着て身支度を整えていた。ベッドでまだ眠るセシルを一瞥しロッジの外へと出る。深い森の中の木々が開けた場所で朝日を浴びると、軽く体を動かす。


「ねぇちょっと、私置いて何処か行くつもり?」


 フェリクスが軽くストレッチをしていると、後ろから突然明るい声が響いた。振り返るとセシルが衣服を軽く羽織り、少し顎を上げ、目を細めて微笑んで立っていた。


「ああ、中から見てると陽射しが気持ち良さそうだったからさ」


「なるほどね。私とワンナイトかまして何処か行くつもりかと思って心配したじゃない」


「なっ!? そんな訳ないだろ!」


 セシルは悪戯っぽく笑って言っていたがフェリクスは慌てて否定していた。二人で一頻ひとしきり笑った後、セシルが優しく微笑む。


「危ういのよ、あんたは。気が付いたら何処か行きそうで」


「そうなのか? 俺はセシルの傍を離れるつもりはないけどな。それに……」


 そう言ってセシルを見つめる。首を傾げて微笑むセシルがそこにいた。

『私がずっと傍にいてあげる』

昨晩セシルがそう言ってくれた時、心がすっと落ち着いた気がした。正に今、この森に陽射しが射し込む様に、ずっと晴れなかった心がスーッと落ち着き光が射し込んだ様な気がした。


「何よ。あんまりじっと見られたら恥ずかしいでしょ」


 少し照れた様にセシルが笑い、フェリクスも笑った。二人の明るい笑い声が森の中にこだまする。


 その後二人は身支度を整えキャンプ場を後にした。一時間程森の中を歩いたが、何処まで行っても周りは木々に囲まれており、人の気配すら感じられず、出口の無い別世界に迷い込んだ様な気分になっていた。


「はぁ、何処まで行っても木に囲まれた同じ景色。たまには大自然もいいけど、いい加減飽きてきたわ」


 セシルもまだ笑ってはいたが言葉の端々に若干の苛立ちが見える。そんなセシルを気遣ってフェリクスは頷きながら明るく笑っていた。


「はは、まぁ言いたい事はわかるよ。こんな森の奥にキャンプ場なんか作ったってそりゃ誰も来る訳ないわな」


「本当そうよねぇ。まぁそのお陰で私達は助かった訳だけど。ねぇフェリクス、このままじゃ本当に日が暮れるわ。少しペース上げたいんだけど、どれぐらい体力回復してる?」


「そうだな、俺の方は大分回復してるかな。寧ろここ最近じゃなかったくらい体が軽く感じてるよ。だがいくら俺がポンコツになったとはいえ、全力で走ってセシルはついて来れるのか?」


「単純な身体能力だけなら無理に決まってるでしょ。ただ私には風の魔法がある。今回結構いい感じに魔力が回復してきてるのがわかるのよ。高く飛んだら目立つから低空で飛ばなきゃいけないけど、それでもこのまま歩き続けるよりかは効率的よ」


 そう言って微笑むセシルを見て、フェリクスも笑顔で頷き、そして駆け出した。フェリクスが未舗装の森の中の道を走り抜け、セシルが風の魔法を使ってついて行く。少し疲れれば休憩し、再び走り出す。そんな事を繰り返し、一時間程するとようやく森を抜ける事が出来た。


「やっとまともな所まで出て来れた」


「ああ、ようやくだな。あっちにやっと街が見える。とりあえずあそこまで行くか」


「ええそうね。ねぇ、これからどうするか考えなきゃいけないけど、二人で生きて行くにしても森や山で隠れる様に生きて行くのは辞めようね。田舎町とかでいいからひっそりと暮らす様にしようね」


 セシルが眉根を寄せて、笑って語り掛けるとフェリクスも「そうだな」と言って力強く頷いた。

 街に入る前、フェリクスがふと気が付きセシルに声を掛ける。


「セシル、街に入る前に上着を脱ぐんだ」


「え? ちょっとこんな所で何よ」


 少し戸惑い、照れた様な笑みを見せるセシルを見て、フェリクスが軽く頭を抱えた。


「変な誤解するなよ。セシルのその赤い軍服は目立ち過ぎる。それにセントラルボーデンのマークまで入ってるだろ。それは流石にまずい」


「ああなるほど、確かにそうね。下はTシャツ一枚だけど仕方ないか」


 セシルが億劫そうに上着を脱ぎ、包んで片手に持つと二人して街に入って行く。街はまだ人で溢れ、寧ろ少し活気さえあった。


「まだ思ったより人が多いわね」


「ああ、ここはコーネルか。それでも人が多いな」


 コーネル。そこはルカニード王国の中でも北西に位置する国境から遠く離れた中規模都市。国境からも王都からも離れている為、戦火には飲まれていなかった。

 ひとまず最安なタブレットを手に入れ、適当な服を買った二人は落ち着ける場所を求めて街中にあるホテルを訪ねた。


「えっ? ちょっと高くない!? 旅行者だと思ってぼったくる気?」


 ホテルの受け付けでセシルが少し語気を荒らげていた。それもそのはず、ホテル側が提示してきた金額は相場の三倍程していたのだ。


「確かにちょっと高いな」


「しかしお客様、このコーネルには現在沢山の方々がいらしております。我々と致しましてもサービスの品質を保つ為にはこれぐらいの値段になってまして」


 フェリクスも顔をしかめていたが受け付けにいた者は言葉こそ丁寧だが、全く悪びれる様子も無く当たり前の様な態度を取っていた。仕方なくフェリクスは提示された金額を支払い部屋の鍵を受け取る。


「何あの態度、ムカつく」


 部屋に入るなり荷物を投げてセシルが悪態をついていた。


「まぁまぁ、そんな怒るなって」


「ふぅ、ごめんね。二人でいる時にそんな怒りたくないけどさぁ」


「まぁ怒る気持ちも分かるけどな。多分色んな街から人々が戦火を逃れてここに集まってるんだ。だからこんなに人が溢れてる」


「要は足元見てるって事でしょ?……でも元はと言えばセントラルボーデンが攻め込んだからか」


 言っていて現実に気付いたセシルが頭を抱えて肩を落とした。


「セシルが悪い訳じゃないんだから」


「分かってるけど……でも」


 落ち込むセシルをフェリクスが抱き締めながら頭を撫でる。


「一兵士が何を言った所で戦争は止められないさ。それにセシルは今はセントラルボーデンとは関係ないだろ?」


 静かに頷くセシルをフェリクスが優しく抱き締めていた。

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