第119話 動き出した運命⑪

 二人を中心に風が吹き荒れる中、アンドレは怪訝な表情を浮かべ、ゲイグールは拳に炎を灯して襲いかかった。


「悪あがきか少尉さんよ」


 笑いながら拳を振りかぶり突っ込んで来るゲイグールだったが、すかさずフェリクスが剣を構えて前に立ちはだかる。


「そんな簡単に行かせるかよ」


 フェリクスが剣を振りかぶり突っ込んで来るゲイグールに対して一気に振り下ろす。だがその一撃に力強さなど無く、ただ単に振り下ろしただけの頼りない一撃であった。そんな力無い一撃をゲイグールは躱す事なく笑みを浮かべて片手で簡単に受け止めてみせる。


「力強さも鋭さも無えな。躱す気にもならねえ」


「そりゃあ良かった。俺はお前の足止めれりゃ本望だよ」


「ゲイグール! 何受け止めてやがる。女が本命だろが!!」


 フェリクスがニヤリと笑うと同時にアンドレが語気を強めて叫んだ。中途半端な一撃ではなく、ゲイグールが躱す気さえも無くす様な頼りない一撃。それこそがフェリクスが狙った一撃だった。

 既に辺りはセシルを中心に風が舞い始め、セシルに近付くのは困難になりつつあった。


「貴様の炎じゃもう無理か、ならば俺の雷だ」


 アンドレが苛立ちながら手をかざし、振り上げた手を振り抜くと雷を帯びた球体がセシルに向かって放たれる。


「させるかよ!」


 フェリクスが素早く反転し駆け出し放たれた球体に向かって剣を投げると見事剣が直撃し防いでみせた。

 しかしアンドレは笑みを浮かべ更に二つの球体をセシルに向かって放つ。


「ほら、防ぐ物はもう無いだろ?」


「くそっ、ところがどっこいあるんだよ!」


 そう言ってフェリクスはセシルに向かって駆け出し己の身を投げ出した。セシルに迫る二つの球体から身を呈して護ってみせる。


「ぐあぁぁ……ぐ……」


 雷を帯びた球体を二つ、身体で受け止めフェリクスが悶える。そんな中、目を閉じ魔法に集中していたセシルが目を見開いた。

「ありがとうフェリクス護ってくれて。吹き荒れよ暴風、我に代わりて敵を討て『荒れ狂う暴風ウィンドストーム』」


 巨大な竜巻が現れたかと思うとゲイグールとアンドレに向かって襲いかかる。躱したい二人だったが迂闊に動けばその風圧に吹き飛ばされる為、動けずにその場で踏ん張っているとまずゲイグールが竜巻に飲み込まれた。ゲイグールを飲み込んだ竜巻はゲイグールを巻き上げ、次はアンドレの方に向かう。


「くっ、まだこれ程の力があったか。だがこれを凌げば俺達の勝ちだ」


 アンドレは持っていた剣を地面に突き刺し、防御の体勢をとった。


「そう、それを耐えればあんた達の勝ちよ」


 セシルが冷たく微笑み言い放つと傍らで倒れているフェリクスに寄り添った。


「ごめん、フェリクス。立てる?」


「ああ、セシルと一緒にいると痺れる場面ばかりだよ」


「ああ大丈夫そうね。走って」


 問い掛けにフェリクスがくだらない冗談で返すとセシルは冷たく笑ってフェリクスの手を取った。セシルはフェリクスの手を引きながら滝に向かって走り出す。


「勝ちはあんたらに譲ってあげる」


 セシルがそう叫ぶとフェリクスの手を握ったまま大滝に向かって飛び込んだ。


「ま、まじかっ!!」


 セシルと共に飛び降りたフェリクスも思わず叫んでしまう。

 滝つぼに向かって落下している最中、セシルがフェリクスを抱き締めながら呟く。


「ごめんね、失敗したら助からないかも」


 この期に及んで眉を八の字にして笑顔でそんな事を言うセシルを見て、フェリクスにも思わず笑みが溢れた。


「その時は諦めるか。セシルと最後を一緒に迎えるなら仕方ない」


 笑顔のまま二人は抱き締めあいながら滝つぼへと落ちて行く。


 先程まで戦っていた地ではアンドレとゲイグールは二人が飛び込んだ滝つぼを覗き込んでいた。


「なんだ? 最期は心中かよ」


「あの竜巻は攻撃ではなく、我々を確実に足止めする為の物か。まぁいい、これで片付いた」


 アンドレが納得した様に笑みを見せると踵を返した。


「いいのかよ、死体確認しなくて?」


「どうやって確認する? この高さだ助からんだろ。それより帰って裏切り者の少尉とあのフェリクス……いやザクス・グルーバーを殺ったと報告すれば俺達の立場は確固たる物になるぞ」


「はは、そりゃあいい」


 高笑いをしながら足取り軽く、二人はその場を後にした。


 一方滝つぼに落下したセシルとフェリクスだったが、着水する寸前に残った魔力を振り絞り風の魔法で何とか落下の衝撃を和らげていた。

 しかし慣れない二人への風の魔法による浮力に加え、魔力の限界もありまったくのノーダメージとはいかなかった。

 滝つぼから流れる激流に飲まれながらフェリクスはセシルを抱え必死に泳いでいた。またしても限界を超えて魔力を絞りだしてしまったセシルは水面に叩き着けられた衝撃もあり既に気を失っていたのだ。


「絶対に離さない。セシルは必ず助けてみせる」


 自らもそれなりのダメージを負いながらもフェリクスはセシルを抱えたまま何とか岸辺へと辿り着いた。しかしそこは石がごろごろと転がっているだけであり、奥には草木が鬱蒼と生い茂る森が覆っていた。


「はぁ、はぁ、くそっ、何処だよここは?」


 少しため息をつき腰を下ろすとポケットに入れてあった煙草を取り出す。しかし川に流された中で当然煙草は水浸しになっていた。


『我儘かもしれないけど私といる時はあまり吸わないでね』


 あの時セシルに言われた事を思い出す。


「わかってるよ。禁煙すりゃいいんだろ」


 横で眠る様に気を失っているセシルを見ながらフェリクスは笑って水浸しになった煙草を投げ捨てた。


 少し休憩した後、セシルをおぶりフェリクスは再び歩き出す。

 敵と戦い、魔法も受けた。魔法で和らいだとはいえ滝つぼに落ち激流の中セシルを抱えながら必死に泳いでここまで来た。フェリクスの体力もとっくに限界を超え、いつ倒れてもおかしくない中『セシルを助ける』その想いだけで森の中を進んで行く。

 そのまま一時間程彷徨い、フェリクスは偶然にも一件のログハウスに辿り着いた。そのログハウスの入口にはキャンプ場の看板がかかっている。フェリクス達は森の奥にあるキャンプ場へと辿り着いたのだった。


「助かったか。とりあえず急場凌ぎには十分だな」


 案内ではこのログハウスが受付で複数のロッジを管理しているようだった。しかしログハウスの受付には誰もおらず、フェリクスは仕方なくロッジの鍵を一つ拝借しセシルをおぶってロッジへと歩き出した。


 ロッジに着くと鍵を開け中へと入る。

 中は比較的綺麗にされており一時休憩させてもらうには十分だった。

 ひとまずびしょ濡れになった衣服を乾かす為に脱いでいく。

『流石にびしょ濡れになったまま放っておく訳にはいかないんだから仕方ない。頼むから脱がしてる最中に気付いて変な誤解するなよ』

 フェリクスが少し戸惑いながら自分に言い聞かせる様にしてセシルの服を脱がせるとそのままベッドに寝かせた。

『流石に下着はまずいよな。そのままにしとこう』


 一人納得しながら椅子に腰掛けると安心したのか直ぐにフェリクスも眠ってしまった。

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