第118話 動き出した運命⑩

 ひたすらアクセルを踏みながら街中を颯爽と車を走らせる。丸々半日程車を走らせてセシルは大滝へと辿り着いた。車を停め、歩いて大滝へと向かっているとあの日の事が蘇る。あの時は何も考えないまま、セシルが先を歩き無邪気に笑っていた。


「そんなに時間が経った訳でもないのに、懐かしく感じるもんなんだ」


 大滝に向かって一人歩きながらポツリと呟くと、セシルは軽く微笑んだ。


「セシル……」


 セシルが歩いていると突然名前を呼ばれた。声のした方向へ視線を向けるとそこには黒を基調とした軍服に身を包んだフェリクスが立っていた。お互い思わず時間が止まったかの様に静止してしまう。それでも沈黙を破ったのはセシルの方だった。


「久し振り。ごめんね、ちゃんと連絡出来なくて」


 長い髪をかきあげながら優しく微笑む。その表情かおを見て、フェリクスの表情も綻んだ。


「いや、仕方ないさ。寧ろこうして会えた事が奇跡だと思ってる。俺は君を傷付けてしまった、すまない」


「確かに傷付いたしショックだったけど、フェリクスと今こうして話してたらだんだんどうでも良くなってきちゃった」


 そう言って破顔するセシルを見てフェリクスも笑顔を見せるが、更に奥から感じる気配を察し鋭い視線をそちらに向けた。


「セシル、誰か友達連れて来たかな?」

「えっ? どういう事?」


 フェリクスの視線に気付き、セシルが振り返ると奥の物陰からゲイグールとアンドレがニヤついた笑みを見せながら姿を現す。


「へっ、気付いてやがったか。少尉さん、皆が戦ってる最中に男と逢い引きとはな」


「ちっ、後をつけられたか。完全な凡ミスだわ」


 下卑た笑いを見せるゲイグールに対してセシルが眉根を寄せて不快感を顕にしていた。


「戦闘中に隊列を離れ、単独行動で何をするかと思ってつけてみたら、なるほどねぇ。そちらひょっとしてフェリクス・シーガーですか?」


 アンドレが顎に手をやりながら笑みを浮かべ余裕たっぷりに問い掛けてくる。


「だったら?」


「ふっふっふ、ついてますねぇ。貴方を殺れば我々の地位も確かな物になる」


「はっ、簡単に殺れると思うなよ」


 余裕を見せていたアンドレにフェリクスが突然銃を構えて引き金を引く。

 不意を付かれたアンドレだったが冷静に弾丸を躱すと右手をかかげる。するとアンドレの周りには雷を帯びた幾つかの球体が出現した。


「ウィザードかよ。だったら」


 フェリクスが小型のナイフを片手に距離を詰めに飛び込んだ。


「バトルスーツも着ずに正気か?」


 アンドレも直ぐに迎撃の体制に入った。


「フェリクス気を付けて! そいつらソルジャー並の身体能力らしいから」


 セシルがフェリクスに向かって叫ぶが、それと同時に己に迫る火球に気付き思わず仰け反る様にして身を躱した。


「男の心配ばかりせずに自分の心配もしろよ少尉殿」


「このクソ忙しい時にめんどくさい奴らね」


 膝を着き半身の体制になりながらセシルがゲイグールを睨む。


 セシルの心配を他所にフェリクスはアンドレの懐に飛び込むとナイフ一つで激闘を見せる。右手で器用にナイフを操ってはアンドレに迫る。しかしギリギリの所でアンドレは躱しながら何かを観察している様にも思えた。


「そ、そんな……あれが黒い死神と呼ばれたフェリクスのスピード……有り得ない、遅過ぎる」


 セシルが少し離れた位置から戦いを見つめて思わず呟いた。

 フェリクスがナイフ片手に蹴り技等も交えながら必死に攻め込むが、アンドレは笑みを浮かべながら余裕を持って躱し続ける。既にフェリクスの呼吸は上がり、肩で息をしていた。


「ふっ、その程度か」


 アンドレが冷めた目付きで軽くため息をつき、回し蹴りをフェリクスにお見舞いする。咄嗟に腕を入れてガードしたフェリクスだったがそのまま勢いよく弾き飛ばされてしまった。


「なんだなんだ、黒い死神と呼ばれた男がどれ程のものかと思っていたが大した事ないな。噂には尾ひれが付くもんだしそんなもんか。それとも雑魚ばかりを相手に美味しい所取りしてたかな」


 アンドレがフェリクスに見下したかの様な視線を送りながら嘲笑する。そんな光景を目の当たりにし、セシルがフェリクスの元へと駆け寄った。


「フェリクス、大丈夫?」

「ああ、すまない」


 心配し声を掛けるセシルに対して苦笑いを浮かべてそう答えるのが精一杯だった。


『私の魔力も既に限界。この状況まずいな』


 ソルジャー並の身体能力に魔法も使える二人を相手にバトルスーツも無く動きの悪いフェリクスと、魔力がほぼ枯渇しているセシルでは勝機はかなり薄く感じられた。セシルも強気な笑みを見せてはいるものの、状況は既に追い詰められている。


「一か八かやるしかない。フェリクスこれ貸してあげる、三十秒でいいから私を守って」


 そう言ってセシルは手にしていた剣をフェリクスに渡すととびっきりの笑顔を見せた。


「三十秒か……情けない。本当はずっと守ってたいんだけどな」


「本当? じゃあ約束よ」


 セシルから受け取った剣を手にフェリクスが構えるとセシルは微笑み集中力を増していく。

 

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