第116話 動き出した運命⑧
ルカニード王国と世界連合の戦闘が開始され、セシル達魔法兵団特別遊撃隊にも出撃命令が下された頃、少し離れた国境付近を戦闘を避ける様にして一台の車両が疾走していた。
「本当に人の休暇なんだと思ってんのよ。たまに休暇取って旅行に行ってたら留守にしてる間に戦争になりました? ふざけんじゃないわよ! 大尉は連絡つかないし、本当にどいつもこいつも」
リオがハンドルを殴りながら車を走らせる。リオは今回の休暇でラフィン共和国に行き、懐かしい顔ぶれ達と会い、近況報告や思い出話に花を咲かせていた。本来はもう一日ぐらい長く滞在し休暇を楽しむつもりが世界連合の侵攻のせいで早く切り上げる事になってしまったのだ。更に普段のルートでの帰国も難しかった為、旧友や普段プライベートでは使わない裏ルートを使い、必死になって戻って来ていた。
人々がシェルターに避難して正にもぬけの殻となった街中を疾走していると遠くの方から銃声が近付いて来る。
まだ距離はある。だが確実にその距離は近付いて来ていた。リオはアクセルを踏み込み、更に車を加速させる。
リオが車を走らせていると突然電話が鳴り響く。慌てて表示を見るとユウナからだった。
「はい、ユウナ?」
「良かった、リオさん繋がった。今何処ですか? 私達帰ってきたらこんな事になってて、大尉とは連絡つかないしどうすればいいか……」
「丁度貴女達が帰ってきたらこの騒動だった訳か、ついてないわね。たぶん軍用回線を優先する為に一般の電話は繋がりにくくなってるはず。私は大尉と連絡取るのを最優先にするからユウナは大尉が普段使ってる研究ラボに向かってそこで待機」
「了解。早く来て下さいね」
「たぶん二日はかかるから大人しく待ってなさい。あと大尉を見つけたら私に必ず連絡する様に伝えて」
冷静にユウナに命令を下した後リオは車を止めると
「ふぅ……少し平和ボケかな」
そう言ってリオは天を仰ぐ。リオは休暇中に縛られるのを嫌い軍用の通信機器を持たずに出掛けた。今はそれが仇となったのだ。
「はぁ、最悪の事態も想定して打てる手は全て打っとくか」
そう言ってリオは徐にタブレットを取り出すといくつかのメールを飛ばした。
暫く休憩した後にリオは再び車を走らせる。フェリクスや自分達が普段生活している場所はルカニードの西側にある大きな街。ユウナに指示した研究ラボもそこにある。しかしルカニードの南東に位置するラフィン共和国から入ったリオがいるのはルカニードの東側。ひたすら車を走らせても今の状況を考えれば一日でそこに達するのは流石に無理があった。
想定通り日も落ちそれなりに走って辿り着いた街で車を止めホテルに入る。
「すいませーん」
リオが呼び掛けるが既に受付にも人の気配は無く無人のようだった。
「まるで廃墟ね。一応お金は置いとくからね」
受付のカウンターの上に紙幣を挟み、リオは客室へと上がって行く。客室の一室に着いたリオはいきなりベッドへと倒れ込んだ。
「流石に一日中運転してたら疲れるわ。明日も早くから走らなきゃいけないし早く寝よう」
そう言ってリオは目を閉じると一瞬のうちに眠りについた。気が付くとリオの周りには野盗時代を共にした男達がいた。
「何してるんだ? お前はこっちだろ?」
「自分だけ真っ当な道に行けるとでも思ってるのか?」
「いつもそうだ、お前の行く所に争いが起き、そして敗れる。俺達野盗が壊滅したらいつの間にか軍に味方し、いつの間にかラフィン共和国側に付くとラフィン共和国は敗れた。次はルカニードに行きルカニードは戦火に包まれた。次は何処に行き、誰を巻き込む? お前と関わると皆死んでしまうぞ?」
「黙れ!!」
リオが叫び、飛び起きると丁度朝日が登った頃だった。
「はぁ、はぁ、最悪な夢……」
ベッドの上で頭を抱えながら呼吸を整えると、僅かに潤んだ目頭を拭った。そのまま洗面所に行くと顔を洗い目の前の鏡を見つめる。鏡には細い目をしたニヤけた様な顔をしている女が映っていた。
「……何よ、いつも笑ってるみたいな顔して」
リオが鏡に向かっているとベッドルームから電話が鳴り響く。慌てて電話を手に取ると相手を確認しないまま電話に出る。
「はい」
「リオか? 良かった、俺だ」
その声を聞きフェリクスだと確信すると何故か涙が溢れ出た。
「……何が良かったですか。今何処におられるのです? 皆大尉の事心配してるんですよ」
「ああ、すまない。今は前線から一つ手前の街に来ているんだが――」
「はぁ? 貴方馬鹿なんですか!? そんな所で何してるんですか?」
安心した所でいきなり前線付近まで来ていると告げられリオが思わず叫んだ。
「いや、上官に向かって馬鹿はないだろ。俺だって好きでこんな所まで来てるんじゃない。その、あれだ……魔法兵団の兵士を捕虜として捕まえる事が出来たらセシルへの伝言を頼もうかと」
「はぁ……本当に馬鹿なんですか? ご自分の身体の状況分かってますか? 昔のようにはいかないんですよ。逆に大尉が捕虜になったらどうするんですか? もう助ける手立てもないんですよ。分かってます?」
「いや、そんなしみじみ言うなよ。本気で凹むぞ」
次は諭す様に呆れながら問い掛けてくるリオに対してフェリクスは言葉少なに反論した後、口を噤む。
「大尉はとりあえず安全な場所まで下がって下さい。セシル・ローリエの件は私がなんとか考えますから」
「……リオ、もしセシルに会えたら滝で待ってると伝えてくれないか?」
「滝? ああシヴァの大滝ですか? 分かりました。あそこなら占領するメリットもないから安全かもしれませんね。ただし、リミットは二日です。それ以上経ったら安全に脱出するのが難しくなりますから」
「脱出? まさかルカニードを出るのか?」
「……一時的に脱出するだけです。落ち着いたらまた戻って来たらいいんじゃないですか?」
「……そうか、分かった」
それ以上深くは聞かずフェリクスは電話を切った。リオはベッドに腰掛け明るくなった遠い空を見つめて呟く。
「……貴方を失う訳にはいかないんですよ……ふぅ、セシルに会えたら? それって探せって事ですか?」
リオは元気良く立ち上がると部屋を後にし車に乗り込むとその地を離れた。
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