第115話 動き出した運命⑦

 セシルがルカニード王国との国境付近に配備された移動基地ベース内で待機していると外では銃声と共に轟音が響き渡る。

 それはルカニード王国との戦闘が始まってしまった事を意味していた。しかしセシルが所属する特別遊撃隊にはまだ出撃命令はなく、隊列の中でセシルは静かにその時を待っていた。


「どうしましたセシル少尉? 流石の少尉も緊張しますか?」


 俯き強ばった表情で悲壮感さえ漂わせていたセシルを近くにいた女性兵士が不思議に思い声を掛ける。


「あっ、いや、まぁ緊張というか……前のテロ事件から、しっかり回復しきれてないからちょっと不安でさ」


 咄嗟に頭を掻きながら取り繕い、困った様な笑みを見せると女性兵士もにこやかな笑顔を返す。


「そうでしたか。まぁ確かに魔力が回復しきれてなかったら不安かもしれませんが、それでも一般兵よりは働けるでしょう。それに今回は新たなモルモット隊が投入されるそうだし、そいつらの裏で私達はゆっくりしとくのもありじゃないですか?」


 モルモット隊? 初めて聞かされた内容にセシルが首を傾げて怪訝な表情を浮かべていると突然ガラの悪い男が姿を現す。


「おい姉ちゃん。モルモットってまさか俺達の事言ってんじゃねぇよな?」


 突然現れた男はセシルの隣にいた女性兵士の首を掴み片手で軽々と女性兵士を持ち上げる。女性兵士は足をばたつかせ、男の腕を掴みながら苦悶の表情を浮かべて必死に抵抗していた。


「貴様、直ぐにその手を離せ! これは命令よ」


 直ぐにセシルは腰から剣を抜き、その切っ先を男に向けて命令を下す。男の首元にある階級章は軍曹であり少尉であるセシルの方が階級は上にあたるのだった。


「しかし少尉殿、我々をモルモットとか言ったこの女を見逃せと?」


 男は下卑た笑いを見せた後、女性兵士を掴んでいた手に力を入れる。「……うぐっ」女性兵士が男の手を掴みながら更に苦しそうに唸った。

 次の瞬間、セシルの目つきは鋭さを増しセシルの周りに風が舞い始める。


『風の刃よ――』


「おっと待った待った。離してやれゲイグール」


 セシルが切り裂く風ウィンドカッターを放とうとした時、更に奥から別の男が現れ仲裁に入ってきた。


「我々も別に仲間割れがしたい訳じゃない、初陣を前にして気分が高まってる所に陰口を叩かれてついって感じなんですよ。勘弁して下さい。さぁゲイグールも早く離してやれよ」


 終始穏やかな口調で話しゲイグールに対する話し方等を見てもこの男の方がゲイグールより上の立場である事は伺い知れた。


「へっ、仕方ねぇな」


 そう言ってゲイグールは笑みを浮かべて頷く。しかし離す寸前掴んでいた手に炎を灯した。


「きゃぁああ」


 掴まれていた女性兵士は顔を一瞬炎に包まれ悲鳴を上げて床に転がる。炎は直ぐに消えたが女性兵士の髪は焦げ、顔の一部は赤く焼けただれていた。


「おっとすまねぇ、モルモットだからまだ上手く力を制御出来てなくてな」


「貴様、女の顔に!!」


 笑いながら謝罪するゲイグールに、セシルは怒りを顕にし剣を構えると周りを吹き荒れる風がどんどん激しさを増していく。


「女の顔? 女扱いしてほしけりゃ戦場に出て来てんじゃねぇよ」

「セシル少尉、それぐらいで収めてくれませんか? でないと我々も――」


 もう一人の男が間に立ち、笑みを浮かべながら剣に手を伸ばそうとした時だった。


「止めんか馬鹿共が!!」


 突然一喝する様な声が響き渡った。皆が声がした方を振り返ると、そこにはアイリーンが腕を組んで睨みを効かせて立っていた。

 直ぐに膝を着き頭を下げ敬意を示すセシル達だったが、ゲイグールだけが立ったまま頭も下げずに笑みを見せていた。


「いやぁ、あれはあの女が――」


「消し炭になりたいか? 木偶の坊」


 アイリーンが手をかざすと一筋の電撃が走りゲイグールを直撃する。


「ぐあぁぁぁ!!」


 ゲイグールの叫び声だけが響き渡る中、アイリーンがゆっくりと歩を進めセシル達の前に立つ。


「アンドレ・カスタだったか? ルーシェル元帥から頼まれてるから手元に置いてやってる。一応手加減はしてやった、あの木偶の坊を連れて早く出撃準備に戻れ」


「はっ、了解しました」


 凄まじい威圧感を纏ったままアイリーンが言い放つとアンドレは直ぐにゲイグールを担ぎその場を後にする。


「直ぐに上級救護班を呼べ」


 静まり返った空間にアイリーンの声が響くと、皆一斉に動き出した。上級救護班が到着するとすぐさま女性兵士の治療が始まる。


「アイリーン大佐。騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」


 セシルが頭を下げながら謝罪するとアイリーンは表情を崩すことなくセシルを見つめる。


「今回の騒動の要因が何処にあるのかは知らんが、作戦開始前に起こす事とは思えんな。以後気を付けろ、いいな?」


「はっ以後気を付けます……アイリーン大佐、あいつらは何者ですか?」


 セシルが敬礼をしながら声を張った後、様子を伺う様に問い掛ける。


「あいつらは正式な所属先を持たない実験部隊だ。ソルジャーの様な身体能力を持ち、ウィザードの様に魔法を使う」


「そんな、正にハイブリッドの様な奴らなんて……」


「はっはっは、ハイブリッドか……確かにそう見えるかもしれんが実際は薬の力で身体能力を上げ、クリスタルを使って魔法を使える様にしているだけの奴らだ。上は奴らが実戦でどれ程使えるのか試したいらしい」


「そんな……本当に実験みたいじゃないですか」


 モルモットと言われ、不快感を見せていたゲイグールとアンドレに複雑な感情を持ちながらセシルはその場に立ち尽くす。

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