第114話 動き出した運命⑥

 平静さを失い狼狽するセシルをアイリーンは見つめながら笑みさえ浮かべていた。


「ふっ、何をそんなに慌てるセシル・ローリエ」


「い、いや、普通は慌てませんか?  中立国へ向けて進軍するなんて侵略行為じゃないですか。私には進軍する意味がわかりません」


 頬杖をつきながら冷静に問い掛けてくるアイリーンにセシルは両手を使いながら必死に訴えかけていた。


「まぁ確かに侵略行為かもしれないな。だがそれがどうした? 軍は今から一週間程前にルカニード王国への進軍を決定した。それ以上でもそれ以下でもなくそれが事実だ。お前が納得出来るか出来ないかは問題じゃない」


 冷たく言い放つアイリーンを前にしてセシルは言葉を失っていた。確かに軍の決定に従うのが兵士の務め。少し前のセシルならここまであからさまな抵抗は見せなかっただろう。


「……はい、了解しました」


 セシルは俯きながら声を振り絞ると、強く握られた拳は僅かに揺れていた。


「ああ、それから情報の漏洩を防ぐ為、一般兵には作戦開始三日前までは知らされない事になっているから、さっきも言ったが決して口外するんじゃないぞ」


「……はい」


 セシルは俯き、言葉少なに返事をすると一礼し静かに部屋を後にした。

 そんなセシルの姿を見下ろす様に見ていたアイリーンは微かに笑みを浮かべる。


 その後、項垂れて自室に帰ってきたセシルは無言のまま頭を抱えてベッドに身を投げ出した。そのまま暫く、重く静かな時間が流れて行く。


「……勘弁してよ、マジで」


 ベッドに倒れ込み、顔を手で覆いながら呟く様に発したセシルの声が部屋に響く。

『決して口外するな』

 そう言われたがせめてフェリクスには伝えたい。それが本音だった。しかしそんな事が出来る訳がない。自国の兵士達が知らない様な事をターゲットとなる相手国の人間に知らせるなぞ背任行為もいい所だ。そんな事をすれば自分だけではなく、セントラルボーデン軍の作戦その物が危うくなる。それをセシル一人で背負うには余りにも重すぎる。セシルはなまじ情報を得てしまったが為に完全に身動きが取れなくなってしまっていた。


 それから数日が経ち軍全体にルカニード王国へ向けての進軍が告げられ、にわかに軍全体がざわつきを見せた。その間もセシルは考え、作戦開始前夜まで一人で悩みを抱えたまま時だけが過ぎて行き、作戦開始の時間を迎えてしまう。




――

 その日フェリクスは朝早くに起き、一応メールのチェックを行っていた。数日前にセシルから『理由は話せないけど約束の日に休暇が取れなくなっちゃったの。急でごめんなさい』そんなメールが届いていたのだ。

 その後について何か触れるでもなく、ただ予定が無理になったという連絡だけ。それについてフェリクスが『話せないのは仕方ないし、急に予定が変えられる事もよくある。次また休暇がとれそうな時を待ってるよ』と返信したがそれから音信は途切れた。何処か違和感を感じたフェリクスが約束のあった日にメールをチェックしたがやはり音沙汰はなく、フェリクスは天を仰いだ。


 二日前「私は旅行の予定立ててたんで大尉の予定がなくなっても私は旅行に行きますからね」そう言って出掛けたリオを思い出す。


「なんだかどんどん女性に見放されてるみたいだな。考え過ぎか?」


 そんな事を一人呟き呆れた様に笑みを浮かべていた。それから暫くは書類の整理や開発途中の新型バトルスーツのデータを見ては考え込んでいたがどうにも集中力が続かずにいた。気分転換とばかりに自らコーヒーをいれようと立ち上がった時、突然電話が鳴り響く。ディスプレイに表示された直属の上司の番号を見てフェリクスは胸騒ぎを覚えた。


「はい、どうしました? 珍しいですね」


 様々な感情を押し殺し、フェリクスは冷静に電話に出る。


「ああ、珍しいだろ? 俺からの直通の電話だ、ろくな事じゃないのはもう察しがついてるだろうから手短に話そう。先程国境付近に世界連合の軍隊が姿を現した。奴らの要求は連合への加盟だ。しかしルカニード王国としてはこれを拒否し、徹底抗戦する事がつい先程決まった」


 落ち着いた様子で伝えてくる上司の話をフェリクスは頭の中を整理しながら静かに聞いていた。


「なんとまぁ無茶な要求をしてきたもんだ。しかしそれを断固拒否するって事は相手も軍隊引き連れて来ている訳ですから戦闘になりますよね?」


「ああ、世界連合は回答期限を二十四時間に設定してきている。既に四時間は経過しているから後二十時間程で国境付近は戦火に包まれるだろう。間もなく国民全員に向けた緊急放送が流れる。いいか? 君も今は技術士官だ、直ぐにシェルターへ避難するんだぞ」


「自分がどういう状態かは自分自身がよく分かっていますよ。ただ気になる事もあるんで直ぐには避難しませんけどね」


「気になる事か……あまり無茶はするなよ」


「ええ、分かってますよ、ありがとうございます」


 上司はフェリクスの過去を知る数少ない人物の一人だ。そんな上司の言葉を胸に留め静かに電話を切ると、フェリクスは目を瞑り思慮深く考えを巡らせる。

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