第109話 動き出した運命

――N.G400年(現代)


 四百周年記念式典の翌日、フェリクスはルカニード王国の軍事施設にある一室で椅子にゆったりと腰掛けて天井を見つめていた。


「……ふぅ……」


 特に何をする訳でも無く、ただ椅子に座ってため息をつく。そんな事を繰り返すフェリクスを、傍に立つリオが眉根を寄せて見つめていた。


「……横でそんなにため息ばかりつかれては私まで気分が滅入るんですが」


 リオが呆れた様に語り掛けるとフェリクスは一度目を伏せた後、軽く頭を振る。


「ああ、すまない。ちょっと色々考えてたらついな」


「セシル・ローリエの事ですよね? まぁ聞かなくても大尉の腫れた頬を見れば、だいたい何があったのかは想像がつきますけど……無理矢理関係を迫るからそんな目に会うんですよ」


「おいちょっと待て! 何か勘違いしてるだろ!? 俺を犯罪者みたいに言うな」


 少し口角を上げてさげすんだ視線を送ってくるリオに対して、フェリクスは慌てて立ち上がり否定する。


「ふふふ、何ですか? いきなり立ち上がって。昨日上手くいかなかったからって次は私を襲うつもりですか? 大声出しますよ?」


 更に口角を上げ悪戯っぽい笑みを見せるリオを見て、ザクスは軽く頭を抱えながら再び椅子に腰を下ろした。


「お前からかってるだろ? これでも結構凹んでるんだぞ」


「あら、凹むぐらいには本気になれたんですね。少しは前に進まれているようで安心しました」


 恨めしそうにリオに視線をやるが、リオは気にする事なく口角を上げてニヤニヤとしたり顔をしている。


「ふぅ……なるほど、確かにリオの言う通りかもな……」


「……あの、少しは反論して下さいよ。納得されちゃったら私、なんか性格悪い感じになるじゃないですか。ただでさえ昔、いつも笑ってるみたいな目してるから笑顔で意地悪言ってるみたいって言われた事あるんですから」


「ははは、なるほどな……クリスか?」


「はい、姉さんです。懐かしいですけどね」


「……もう三年経つんだよな?」


 椅子に深く腰掛け、遠くを見つめながらリオに問い掛けると、リオは優しい笑みを見せた。


「はい、三年経ちました。まだときは止まったままですかザクス・グルーバー大佐?」


「……その名前で呼ぶなって」


 顔をしかめて苦笑いを浮かべるフェリクスに対してリオは柔らかな視線を送っていた。少しの沈黙の後、リオが再び口を開く。


「ではちゃんと仕事でもしましょうか。以前セントラルボーデン国内で起こったテロ行為についての追加報告です。関与したシエラ・モスの供述を元に進めていたアンナ・ネルソンと思われる人物についてなんですが、恐らく本人と見て間違いないと思われます。これはネルソン博士の写真をシエラ・モスに見せて確認したのでかなり確度は高いかと思われます。続いてネルソン博士が使っていたと思われる地下施設ですが、これはユウナがシエラを連れて確認に行ったのですが既にもぬけの殻でした」


 リオが手にしたファイルに視線を落としながら、淡々と読み上げていく。フェリクスも顎に軽く手を添えながら静かに聞いていた。


「なるほどな、ネルソン博士は再び地下に潜ったか」


「ええ、しかしシエラの供述によると途中から裏でバックアップを受けていたようにも思うとの事でした。ですので地下に潜るというよりも、誰かに匿われ、何処か裏で研究を続けている可能性もあります」


「奴の倫理観はかなりぶっ壊れてたからな。ヤバい奴が野放しになってるのは間違いないか」


「ええそうですね。シエラ・モスはどうしますか? 協力的ですがこれ以上は有力な情報は引き出せそうにありませんが」


「確かラフィン共和国出身なんだろ? なんとか裏ルート使ってでも故郷に帰してやった方がいいんじゃないか? 俺みたいに禁止になってる訳じゃないだろう?」


「ええそうですね、わかりました。大尉は簡単に言いますがなんとかしてみます」


 少し含みを持たし、笑顔を見せるリオに対してフェリクスは苦笑いを浮かべた。


「悪かったよ。いつも大変な仕事を押し付けてすまないとは思ってる」


「じゃあたまには特別給金でも下さいね。楽しみにしてますから」


 再び悪戯っぽく笑うリオを見てフェリクスも思わず笑顔になる。


「そうだな。この三年ずっと世話を掛けてた様な気もするしな。特別給金と休暇を与えるからたまには羽を伸ばしてくるか?」


「特別給金と休暇は有り難いですね。たまには気ままに一人旅でもしてきますかね」


「この三年で君は随分大人の女性になったな」


「仕方ないじゃないですか。誰かはずっと立ち止まったままなんですから、皆にも頼まれたし私がしっかりしないと。なんですか? 私の魅力に今頃気付いたんですか?」


 リオの柔らかな嫌味をフェリクスは笑みを浮かべて静かに聞いていた。


「あれから三年……私も自分の人生楽しみたいんでそろそろ進んで頂かないと困るんですよ。それと、セシル・ローリエに連絡はしたんですか? せめて一言ぐらい言いたい事伝えた方がいいと思いますよ」


「ああ、そうだな……ふぅ」


 再び天井を見上げてため息をつくフェリクスを尻目にリオはドアに向かって歩き出した。


「大尉のため息は聞き飽きました。私は出て行くので一人でゆっくり考えて下さい」


 リオはフェリクスを一人残して部屋を後にする。


「……本当にいつも手元にボールがあるのに、いつまで経っても投げ返そうとしないんだから……」


 少し呆れたように呟きながら静かな廊下をリオが一人歩いて行く。

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