第110話 動き出した運命②

――リオがフェリクスに対して軽く嫌味を言っていた同じ頃、記念式典が行われていた高級ホテルの一室でセシルは帰り支度を急いでいた。


「はぁ、メイクの乗りも最悪。目の辺りが特に酷いわね。これは眼鏡でもかけて誤魔化すしかないか」


 鏡に向かい、セシルが慌ただしく支度を進めながらぼやいていた。昨日の一件があり目は充血し、周りは赤く腫れていたのだ。少しだけ色の入った眼鏡をかけてセシルは荷物を抱えて部屋を出る。ホテルを出てターミナル駅に行くと、既にセントラルボーデンの一団は集まっていた。

 セシルがそっと集団に近付くと一人の女性兵士が気付き、声を掛けてくる。


「あらセシルぎりぎりね。今日は単独行動が許されてたみたいだけど何? 結局ホテルから直行で来たみたいだけど?」


「……予定があったんだけどちょっと体調が悪かったのよ」


 視線を逸らしながら強がるセシルを見て女性兵士は口角を上げた。


「へぇ、珍しいわね。貴女が体調管理も出来ないなんて。昨日はお酒でも飲み過ぎた訳?」


「たまにはそんな事もあるでしょ。本当に調子悪いんだからほっといてくれる?」


「あら、相変わらず同性にはつれないわね。まぁいつまでも自分が特別だなんて思わないでね」


 明らかな嫌味な言動に苛立ちを覚えたセシルだったが一呼吸置いて心を落ち着かせる。士官学校時代から抜きん出た実力があり、トップクラスの容姿もあった為、同性から心無い言葉を投げ掛けられたり、ありもしない噂を立てられたりする事などは日常茶飯事だった。その為、この様な時の心を落ち着かせる術は心得ていた。


「じゃあ個室取ってるから先に休ませてもらおうかな。じゃあね万年No.2だったアマンサ」


 セシルが負けじと皮肉った笑顔を見せ一足先に高速鉄道へと歩いて行くのを、アマンサは歯を食いしばりながら睨んでいた。セシルのこういった所も敵を作ってしまう原因だったし本人も自覚していたが、改めるつもりは全くなかった。

 セシルが笑みを浮かべながら高速鉄道へ乗り込むと次はフィリップ中佐と出くわしてしまった。


「おっと、セシルじゃないか。どうした微笑んで、ご機嫌かな?」


「……一難去って……」


 笑顔を見せるフィリップに対してセシルの表情は一瞬にして曇り、うんざりした様にポツリと呟いた。


「どうだ、私の客室は特別室になっている。豪華な部屋で優雅に過ごさないか? 勿論退屈はさせない。セシルが望む――」


「ありがとうございます中佐。お誘い頂き嬉しいのですが本日、私は非常に体調が優れなくて申し訳ございません」


 自信たっぷりに誘うフィリップに対してセシルは無機質な言葉を並べた上で、正に模範になる様な綺麗な一礼をし、その場を後にしようとする。


「いや待ちたまえセシル。昨晩も私の誘いを断っておいて流石に何度も続けるのは失礼だとは思わないか?」


 冷たくあしらおうとするセシルにフィリップも今回ばかりは食い下がり高圧的な態度で迫る。


「……ええ、何度もお断りして申し訳なく思っていますが、女性には体調が悪くなる周期が訪れるのです。フィリップ中佐はご存知ないのですか?」


 セシルが当然の様に言ってのけると、フィリップは何も言えなくなり言葉を失っていた。


「それでは申し訳ございません。失礼します」


 セシルは軽く頭を下げると、誰とも目を合わせずにフィリップ達の横を抜けて自らが取っていた個室へと入って行った。

 部屋に入るなりソファに身体を投げ出すと、カバンからタブレットを取り出す。


「……流石に何も連絡はないか……」


 取り出したタブレットの画面を見ながらポツリと呟いた時、丁度一件のメールが届いた。送り主がフェリクスである事はすぐにわかり指でタップしようとするが、躊躇い、暫し考えた後再びタブレットをカバンに戻した。


「何よ今更……」


 メールを開く事無く呟いたセシルの声が虚しく響く。


 前日、余り眠れなかったせいかセシルは自室をノックされる音で目を覚ます。慌てて飛び起き、部屋を出ると係の人が申し訳なさそうに立っていた。


「セシル様申し訳ございません。到着したのですが部屋から出てこられず、声をお掛けしたのですが返答が無かった為、思わず強めのノックをしてしまい――」


「あっ、いえいえこちらこそすいません。あの、あまりに快適な鉄道の旅だったのでつい寝てしまったんです」


 あまりにも申し訳なさそうに謝る係員を前にして、セシルも丁寧に頭を下げた後、慌てて鉄道を降りる。

 セシルは軍に戻ると、自室に荷物を置きその足でアイリーンの元へと向かった。


「ルカニード王国よりセシル・ローリエ只今戻りました」


「ご苦労様でした。ああいった場は初めてだったかもしれないが良い経験になっただろう?」


 綺麗な一礼をし報告するセシルに対してアイリーンは豪華な椅子に腰掛け、頬杖をつきながら問い掛けていた。


「はい、ありがとうございました。しかし自分にはやはり早かった様に思います」


「何事も経験だセシル。選ばれた者しか味わえないのだから堪能すれば良い。それよりもフェリクス・シーガーとは知り合いだったと報告が上がってきているが?」


 フェリクスとの事がアイリーンの耳に届いているとは思っていなかったセシルは僅かに戸惑った。フェリクスとの細かなやり取りまで知られているとは思えなかったが一体どこまで知られているのか? セシルは探る様にアイリーンに視線を向ける。

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