第108話 N.G397年 最終決戦ケセラン・ハルト⑨

 ケセラン・ハルトでの停戦から三日後、中立国ルカニード王国の王宮の一室に世界連合、ラフィン共和国、双方の上層部が集まり協議が繰り広げられていた。ルカニード王国が中立国という立場を利用して戦争終結への話し合いの場を設けた形だ。


「戦争終結へ向けて大筋では合意できそうだが、細かな所でまだかかりそうだな。特に停戦命令後にそちらのザクス・グルーバー大佐が引き起こした命令無視による戦闘行為は明らかな条約違反。軍事裁判にかけて、まぁ極刑やむ無しといった所ですかな」


 世界連合上層部の一人でもあるウー・フェイウォン将軍が少し笑みを浮かべながら問い掛けた。


「いやいや、ちょっと待って頂きたい。こちらの情報によると先に仕掛けたのはそちらのモーリス・ベッツ大尉と聞いていますが? モーリス大尉が停戦命令後にザクス大佐の部下を射殺した事にザクス大佐が激昂し、今回の悲劇に繋がったと聞いてますよ」


「そのモーリスもザクス大佐にその場で殺害されて、その場にいた我が軍の者達も全滅した為に正確な情報が無いんですよ。百歩譲ってモーリスは自業自得としても、他の者達に対する戦闘行為は明らかに条約違反でしょう。極刑は免れないかと」


「しかしザクス一人に対して三十名以上で過剰に包囲した上で、そのような挑発行為を許しておいて他の者達に罪は無いとは何とも。それに軍事裁判にかける前から極刑ありきでは流石にこちらも認める訳にはいきません。まずはザクスの身柄をこちらに引き渡して頂き事情聴取させて頂きたいのですが」


「それこそ認められる訳無いでしょうに。ザクスをそちらに渡せば匿われてしまうじゃないですか」


 結局話し合いも紛糾し、中々議論も進みそうになかった。そんな事態を見守っていたルカニード王国国王カルロス・ニードが沈痛な面持ちで重い腰を上げる。


「双方の言い分はわかりますが、互いに歩み寄っていただかなければこの話し合いは纏まりません。あくまでも中立の立場で聞いていましたが双方に落ち度はあるかと思います。そこでこちらからの提案なんですがザクス・グルーバー大佐は戦時行方不明者(MIA)として処理してはどうでしょう?」


 突然の立案に話し合いの場はざわめいた。


「MIA? ザクスの身柄はこちらで抑えているが?」


 世界連合側の一人が眉根を寄せて困惑気味に問い掛ける。


「勿論わかっています。ザクス大佐が起こした戦闘は看過できるものではありません。しかしそのきっかけを作り挑発行為をしたのはセントラルボーデン軍、しかも最高戦力とされるナンバーズの方だとか。この事が公になればナンバーズの地位に疑問を抱く者も現れるかもしれませんし、双方にとって遺恨を残す事にもなります。どうでしょう? 落とし所としてザクス・グルーバー大佐はMIAとして処理し、軍への復帰は勿論、帰国も認めない。今まで積み重ねた経歴や実績を一切捨てていただこうかと。代わりにナンバーズでもあったモーリス大尉の行動も全て無かった事にしてはどうですか?」


 カルロス国王の提案に議会は静まり返った。この明らかにザクス側に有利な提案に何故誰も異議を唱えられなかったかと言うと、やはりセントラルボーデン軍のナンバーズであるモーリスが明らかな条約違反を犯してしまったという落ち度があるからである。

 ザクスの犯した条約違反を見過ごせば示しがつかない。しかしそれを裁くなら自らのナンバーズの失態も認めなくてはならない。そんなセントラルボーデン側のジレンマを上手くついた提案であった。


「……こちら側の落ち度も考えれば国王様の提案に乗るのが一番のような気もしますな。そうすればこちら側の条約違反は初めから無かった事になる。ザクス・グルーバーは表舞台からは姿を消す訳だし、皆さんはどう思いますか?」


 静かに議論を見つめていたルーシェル・ハイトマン将軍がようやく口を開き、他の者達に問い掛けた。皆内々で話を重ねるが、表立って異論を唱える者は出なかった。心の中では納得のいっていない者もいたかもしれない。しかし皆、何よりもこの話し合いを纏め、この戦争を早く終結させたかったというのが本音だった。


「ではザクス・グルーバーの身柄はこちらルカニード王国で預かるのが無難でしょう。ルカニード王国国王カルロス・ニードの名の元、ザクス・グルーバーはラフィン共和国とは一切接触させず、表舞台には二度と立たせない事を約束しましょう」


「国王様がそこまで仰られるなら我々は納得しましょう。しかしザクスはあれほどの男です。我々が所在確認を求めたら速やかにお教え願いたいのですが」


「確かにザクスは貴方にとって脅威かもしれませんね。わかりました、何か気になる事があったら仰って下されば面会も認めましょう」


 こうしてザクスの処遇は戦時行方不明者として処理する事で決まり、その後細部に至るまで話し合いが纏まるまで更に三日かかった。

 そうしてケセラン・ハルトでの停戦から一週間が経ち、ようやく世界連合及びラフィン共和国、双方から戦争終結宣言がされる事となった。




「大佐と一目再開する事も叶わずこういう事態になってしまった事は誠に残念だ」


 ラフィン共和国国内にある軍事施設で待機していたヴェルザードが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「まぁ、命あっただけでも良しだろ? ヴェルザード少佐や皆の分も私が傍で出来るだけ支えてみるから」


 リオが苦笑いを浮かべながらヴェルザード達に語り掛けていた。

 ラフィン共和国への帰国を禁じられたザクスはヴェルザード達との再会は叶わなかったがリオに至っては元々ラフィン共和国の人間ではなかった為、ザクスと共にルカニード王国へ行く事が許可されたのだ。


「まぁ抜け穴みたいなやり方だったけどリオが大佐の傍にいれる事になったのは良かったわね。リオ、大佐の事お願いね」


 エルザがリオの肩を軽く叩きながら願いを託す。


「リオ、私はいつまでも大佐を待ち続けると伝えてくれ」


 ヴェルザードが力強い敬礼をしながらリオにそう伝えると、リオは苦笑いを浮かべて敬礼を返した。


「皆の事はちゃんと大佐に伝える。また会おうな皆」


 そう言うとリオは踵を返しヴェルザード達の元を去って行った。

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