第107話 N.G397年 最終決戦ケセラン・ハルト⑧
一瞬で現実に引き戻されたザクスだったが、次の瞬間ザクスの視界に入ったのは信じられない光景だった。
クリスの胸から血飛沫が舞い、ゆっくりと崩れ落ちていく。クリスがゆっくりと静かに倒れていく様をザクスはただ見つめているしかなかった。まるで世界がスローモーションの様に流れて、クリスが地面に倒れ込んだ時、再びザクスは我に返った。
「クリス!!」
ザクスが慌ててクリスの元へと駆け寄る。
「おい、クリス。大丈夫か? しっかりしろ!」
駆け寄ったザクスが慌ててクリスを抱きかかえると、クリスは力ない笑顔を見せた。
「ザクス、ごめん……油断しちゃった」
ザクスの腕の中で弱々しく笑顔を見せるクリスだったが、銃弾を受けたと思われる胸からの出血はおびただしく、その笑顔から血色はみるみると失われていく。
「クリス! 駄目だ! 死ぬな!! やっとここまで来れたんだ。明日からは二人で笑って過ごせるんだ。だから駄目だ。クリス!」
腕の中で徐々に反応が無くなっていくクリスを抱き締めながらザクスは必死で叫んでいた。
「……ごめんね……私も貴方とずっと一緒にいたかった……ごめん……ザクス……」
「クリス! 逝くな!! 逝かないでくれ!! クリス……お願いだ……もう一度……もう一度笑ってくれ……クリス……」
もう答える事のないクリスを抱き締めながらザクスは泣いていた。そんな中リオがようやく二人の元へと駆け付ける。
「……姉さん……そんな……姉さん!!」
二人を見たリオは事態を察して慌てて駆け寄る。そんな三人を見ながらモーリスが銃を片手に笑いながら立ち上がった。
「はっはっは、停戦? 何ぬるい事言ってやがんだ? 今更停戦もクソもあるかよ! 俺の腕の代償をいただかなきゃな」
「モーリス大尉、それぐらいにしとかないと後々面倒になりますよ」
高笑いを続けるモーリスに周りにいたセントラルボーデンの兵士が笑みを浮かべて注意していた。
そんなやり取りが聞こえていたのか、ザクスはクリスの亡骸をそっとリオに預けるとゆっくりと立ち上がる。
「……貴様ら……貴様らだけは許さん!」
「なっ!? ザクス・グルーバー既に停戦命令が出ているんだぞ! 今戦えば条約違反――」
怒りに打ち震えるザクスにセントラルボーデン兵が忠告しようとしたが、その兵の首は次の瞬間宙を舞っていた。
「はっはっは、停戦命令無視なら極刑は免れないぜザクス」
モーリスが笑いながらザクスに言うと何故かザクスが回転したかの様に見えた。いや寧ろ世界が回転したかの様にモーリスは感じた。何が起こったのかと思ったが、切り離された自らの胴体を見て自らの身に何が起こったのかを理解した。自らの首が転がる様に飛ばされて世界が回転している様に見えたのだと。
モーリスの首が地面に転がる頃にはザクスとセントラルボーデンの兵士達が戦闘を開始していた。そんな光景をリオはクリスの亡骸を抱えて、涙を流してただ見つめる。
「リオ、リオ! こちらヴェルザード。一体どうなっている? こちらの信号では大佐のバトルスーツがまだ戦闘中の様な反応をみせているんだが」
「……まだ終わってない……終わってないんだヴェルザード少佐。私には止められない。大佐の気持ちが痛い程わかるから」
遠く離れた所から状況がわからず確認しようとするヴェルザードにリオはそれ以上伝えようとはしなかった。
暫くすると死屍累々の中、ただ一人ザクスだけが立ち尽くしていた。あの時駆け付けた三十名はいた援軍は全滅し静かな時が訪れる。ザクスもリオも何も言葉を発しないまま時間だけが経っていった。
どれ程の時間が経っていたのだろうか? 暫くすると世界連合軍の兵士と思われる部隊が到着した。
「貴様ら、停戦命令が出ているんだぞ!! 何をしている!? 直ちに武器を捨てて投降するんだ!!」
「停戦命令後も戦闘の反応があったから来てみたが……これは酷い。まさかこれをたった一人でやったのか?」
現場に到着した兵士達が口々に驚きの言葉を述べていた。
それでもザクスはその場に立ち尽くしたまま微動だにせず、リオは事切れたクリスをずっと抱き締めていた。
その後ザクスは駆け付けた世界連合軍により拘束され連行される事となり、リオは遅れて駆け付けたヴェルザード達によってクリスの亡骸と共に回収される事になった。
ザクスを連行した兵士は後に「あれが黒い死神と呼ばれたザクス・グルーバーだとは思えませんでした。何の抵抗もせず、こっちが話し掛けても何の反応もしなかったので廃人か木偶の坊連れてる様な感じでした」と証言していた。
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