第70話 ルカニード王国での出会い③

 その後二人は再び市街地に向かって車を走らせていた。しかしその時、フェリクスが舌打ちをしたかと思うと顔をしかめる。


「どうしたの? 女の子横に乗せてるのに舌打ちなんかして」


 セシルが片膝を抱える様にしながらフェリクスの方を微笑みながら覗き込む。


「あ、いや失礼。車の充電が残り少なくなってる。こんな事なら昨日しっかり充電しとくべきだった」


 フェリクスは顔をしかめたまま、片目を瞑り申し訳なさそうにしていた。


「あぁ、なるほど。何処かで雷のウィザード見つけて充電してもらおうか」


「ははは、ウィザードの扱いが軽いな」


 セシルが軽い冗談で言って笑っていたが、フェリクスは気に入ったのか暫く「雷のウィザードが充電……ふふふ」と言って笑いを堪えていた。

 

 その後、仕方なく二人はスタンドで充電を待ちながら二度目のティータイムを取る。


「折角来てくれてるのに申し訳ない。もうちょっとちゃんと用意しとくべきだった」


「そんな気にしなくてもいいから。旅にトラブルは付き物でしょ。この後どうするか今のうちに決めとこうよ」


 かしこまって頭を下げるフェリクスに対してセシルは笑ってポジティブに振舞っていた。


 結局この後も街に戻るより景色の良い観光スポットを回りたいというセシルの意向に添ってドライブを続行する事となった。


 一時間程で車の充電を終えると二人は再び車に乗り出発する。車の中では取り留めのない話をし、時には笑いながら、何時しか車は海岸線を走っていた。


「さてと、ここが夕日が綺麗って有名なスポットだよ」


 フェリクスが車を停めて説明してくれるが、そんな説明などなくても見た瞬間にセシルはその光景に見惚れていた。


「凄い……セントラルボーデンで見る夕日と何が違うんだろう? これ本当に同じ夕日なの?」


 感動しながらもセシルは振り返り、眉尻を下げて笑っていた。

 フェリクスも笑いながら傍らに立つ。すると少し距離が近付いたような気がした。それは勿論、物理的な距離ではなく。

『なんかちょっと良い雰囲気? そういうつもりもなかったんだけど、ちょっと踏み込んでみようかな』

などとセシルが思い巡らせていると後から現実に引き戻すような声が掛かった。


「え、なんでまた……」


 聞いた事のある声に振り返るとそこには呆れた顔をしたボーラとバスケスが立っていた。


「また邪魔された」

「ちょっと!! それはこっちのセリフでしょ!」


 悪態をつくボーラにセシルがつかつかと歩み寄る。


「先に来てたの私達なんだから邪魔されたの私達だと思うんだけど?」


 歩み寄って引きつった笑顔でセシルがボーラに小声で迫っていた。


「ここカップルの聖地らしいしやっぱり彼氏なんじゃない。私達向こうに行くから邪魔しに来ないでね」


 そう言ってボーラとバスケスが歩いて行くのをセシルは見つめていた。『カップルの聖地』そう聞き思慮を巡らせる。自分は別にそういう関係を望んでいる訳ではなかった。ただフェリクスと二人でいる空間は楽しく心地良い物であったし先程にいたってはもっと距離を縮めたいとさえ思う程だった。

 それだけにあのタイミングで声を掛けられたのは悔やまれる。心地良かった空間から引き戻されただけではなくフェリクスの心中を少しでも知るタイミングを逸したからだ。


 結局二人は暫く夕日を眺めた後、その場を後にした。


「さぁ、実はディナーも予約してあるんだけど、どうする?」


「どうするって言われても予約してくれてるんだったら喜んで行くでしょ」


 セシルは若干の悔しさを隠しながら、明るく笑って返していた。


 その後二人は予約していたレストランで運ばれてくる料理を口にしながら今日一日を振り返りつつディナーを楽しむ。


「本当は高層ビルの最上階にあるレストランから街の夜景を楽しみながら高級なお肉を食べて、とかも考えたんだけどあまり背伸びしても仕方ないかなとか思ってさ」


 眉根を寄せて少し申し訳なさそうに笑うフェリクスにセシルは手を振りながら答える。


「何言ってんのさ? 十分じゃない。これだけ色々もてなしてくれて凄く嬉しいんだから、そんな風に思わないでよ」


「そっか。セシルがそう言ってくれるなら良かった……リオがなんか無理矢理頼んだんじゃないかと思ってさ、セシルに無理させてるんじゃないかと少し不安だったんだ」


 そう言って安堵の表情を浮かべるフェリクスを見てセシルは複雑な気持ちになった。

 たしかに初めは頼まれたから仕方なく、という側面が強かったのは確かだ。しかし会ってみると想像以上に楽しく、先の戦いの中で疲弊していた自分の心も癒さているのがわかった。

 だが当のフェリクスはどうだったのだろうか? リオからは会う事を求められたが、その根底にはフェリクスを楽しませたり、癒したりする事を求めていた様に思う。

 果たしてフェリクスは楽しかったのだろうか? そして塞ぎ込んでいたという心は少しぐらい楽になったのだろうか? セシルは急に不安に駆られた。


「どうした? 急に俯いて?」


 俯き黙って考え込んでいたセシルにフェリクスが覗き込むように声を掛けてくる。


「え? ああ、ごめんね。確かにリオさんから頼まれた時は何言ってんの? って思ったし、とりあえず一回会ってみてって言われたから今日会った訳で、とりあえずそれで約束は果した事になるんだけど……次は他の誰かと約束したからとかじゃなくて二人で話して会う約束しない?」


 セシルが満面の笑みでそう言うと、フェリクスは初め困惑していたがすぐに笑顔で頷いていた。


「じゃあとりあえず明日でどう?」


「いきなり明日か」


「明日、帰る前に買い物付き合ってよ。お願い」


 そう言って顔の前で手を合わせ明るく笑うセシルを見てフェリクスも楽しそうに頷く。

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