第59話 別れ

 荒野に立つ二人の間から乾いた銃声が鳴り響くと、シエラの構えた銃口からは硝煙が上がっていた。

 それでも眉一つ動かす事もなく真剣な眼差しで対峙し続けるジョシュアとシエラ。

 シエラの放った弾丸はジョシュアの横に外れていた。


「実際撃っても避けもしないんだ? 私じゃ撃てないとでも思った? それとも銃口の角度から当たらないと見切ったの?」


 少し奥歯を噛み締めた後、シエラは微笑み問いただす。


「どっちも外れだ……君に殺されるなら仕方ないと思った。ただそれだけだ、それと俺は宣言する。俺は君を絶対に傷付けない」


 お互い真剣な眼差しで見つめあったまま時が静止したかのような静寂が訪れる。

 その時ジョシュアの足元に銃弾が着弾し砂埃が舞うと、銃声が響いた。

 もちろんシエラが放った訳でもなく、寧ろシエラは動揺を見せていた。


「……! 誰だ?」


 ジョシュアが気配を察し振り向くと、そこには瞑ったような細い目で微笑みを見せるリオが腕を組み立っていた。

 リオとの面識など無いジョシュアとシエラは戸惑い警戒心を露わにする。


「私はリオ・フレジャー。とりあえず二人共動かないでね。それはそうとジョシュア君だっけ? 『俺は君を絶対に傷付けない』とか言ってるけど既に傷付けてるんじゃないの? 見てみなさい彼女の悲しそうな顔。それに結局何だかんだ自分では決めずに彼女に決めさせて、貴方撃ち殺したら彼女傷付くでしょうに」


 まるで二人のやり取りを見聞きしていたかのように意見してくるリオに二人は困惑する。


「なんなんだあんた? わかった風に言うけど……」

「貴方よりはわかってるわよ。戦闘の腕は確かでも女性に対してはイマイチね。まぁそんな事よりも私はこちらのお嬢さんに用があるんだけどね」


 そう言ってリオはシエラの方へ向き直り、微笑みを浮かべたまま歩き出す。


「ち、近付かないで!」

「下方二度、二時方向に四度、即射」

「きゃっ……」


 シエラが慌ててリオに銃口を向けたがリオが何かを呟いた瞬間、シエラの構えた銃は弾かれ地面に転がり銃声がこだまする。


「痛っ……」


 そう言って銃を握っていた手を押さえるシエラ。


「上方に戻し、十時方向に一度、即射」


「シエラ!!……!?」


 痛がる素振りを見せるシエラにジョシュアが駆け寄ろうとした時、ジョシュアの頬を銃弾がかすめ、ジョシュアの足を止めた。


「ふふふ、危なかったわね。さっきも言わなかった? 動かないでねって。もう一度忠告しとくわよ……動くな!」


 先程までにこやかな微笑みを見せていたリオが一転、鋭い目つきでそう言い放つと場の雰囲気は一変し、緊張感が張り詰めた。

 素人でもわかる程の殺気を孕んだ一言にシエラもジョシュアも飲まれ、動く事も出来ずに歩み寄るリオに視線を送る。


「ふふ、良い表情かおになったわね。少しは自分達の置かれてる状況が理解出来たかしら? シエラさん、貴女頭のおかしな女科学者の手伝いしてたんだって? その時のお話聞きたいのよ。それと使用してたクリスタルについても、あとはあの逃げて行った骸骨についても教えてほしいんだけどなぁ」


 動けないシエラに手を伸ばし、リオは微笑みながらシエラの頬を撫でる。


「わ、私はあのケスターについては知らない。私がセントラルボーデンに潜入してから仲間に入ったとしか聞いてないから」


「私の事煙に巻こうとしてる? そんな事は聞きたくないのよ。私ね、強引な手段て好きじゃなくてさ、出来れば自主的に協力してほしいのよ……じゃないと貴女の彼氏の頭すっ飛ばしちゃうかもしれないよ? あっ、今はもう元彼かな?」


「ほ、本当に知らないってば! それにそういうのって自主的って言うのかしら?」


 少し引きつった笑顔でシエラが問い掛けるがリオは微笑みを浮かべたままじっと見つめてくる。


「シエラ、そいつの言う事に耳を傾けるな。俺が何とかするからちょっと待っててくれ」


「……面白いわね。この金縛りにあったような状態からどうするの? ウチのスナイパーの場所でも見つけられた? まぁ見つけられても状況は変わらないけど」


「弾が着弾して銃声が聞こえた長さからして超長距離射撃なのはわかった。そこから計算して大凡おおよその距離を割り出し、今俺の仲間がそこに向かってるとしたらどうするよ?」


 リオが挑発めいた笑みを見せるとジョシュアも力強い笑顔を見せ問い掛ける。


「な、そんな……」


「ふっ、シエラから離れるんだ!!」


 リオが細い目を見開き驚愕の表情を浮かべると、このまま押し切り形勢を逆転させようとジョシュアが力強く叫ぶ。


「……ふっ……はっはっはっ、貴方の狂言に乗ってみたけど更に乗ってくるから笑っちゃったじゃない。私ってそんな手に引っかかる程馬鹿に見えた? 少なくとも半径数キロに貴方の仲間なんかいない。それどころか人影さえもね。ずっと見てるのよ、


「クソっ、やっぱり鷹の目ビジョンズか。しかもどれだけの範囲見えてやがる?」


 リオが一瞬涙を浮かべる程笑った後、勝ち誇ったように言うとジョシュアは苦笑いを浮かべた。


「さて、本当にこれ以上ギャラリーが増えても面倒だし、ジョシュア君の相手も飽きてきたからそろそろ退場しましょうかシエラさん」


「え、いや……」

「おい! 待て!!」


 シエラが拒否しようとし、ジョシュアが駆け寄ろうとした時、再び足元で銃弾が跳ねた。


「あなた達さっきも言ったでしょ? これは警告よ。次は無い。それとシエラさん……」


「…………!!」


 リオが冷たい笑みを浮かべジョシュアを見つめた後、シエラの耳元で何かを囁く。


「それじゃ私達は行くけど貴方は暫くそこでじっとしときなさい。もし従わないのなら貴方の頭じゃなくてシエラちゃんの頭が弾けるかもしれないわよ」


 そう言ってリオが歩き出すとシエラもそれに続いて歩いて行く。


「くっ……」


 一人荒野に残されたジョシュアは去り行く二人の後ろ姿を見送るしかなかった。


 暫く歩きジョシュアが見えなくなる辺りまで来るとシエラは悲しげな瞳をして振り返っていた。


「あら、やっぱりまだ未練があるようね?」


 リオの問い掛けに僅かに笑みを浮かべたシエラは再び前を向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る