第58話 シエラ③

「私の本当の名前はシエラ・バルテス。そして西地区の保護地区出身でもないの。本当の出身はラフィン共和国……貴方達が言う敗戦国よ。私はラフィン共和国の田舎の方で育って、両親と兄がいて、そして恋人もいたわ。当時国内は世界連合への不満が高まり強硬派の声が大多数を占めていた。それでも私達は何処か遠い所の、私達とは関係ない話のように思っていたんだと思う」


 時折目を瞑り、当時を思い出すように語るシエラの話をジョシュアは静かに聞いていた。


「そのうち戦争が始まると国内は一気に一致団結しているかのような盛り上がりを見せていたの。初めは攻勢だった事もあり皆盛り上がってたけど徐々に劣勢になってくると国内の雰囲気も変わりだし、それから暫くすると逆にセントラルボーデンに攻め入られるようになって次々に国内が占領されていって、そしてそれは私が住んでいた場所も例外ではなかった。両親はセントラルボーデンが攻め入った際の砲撃に巻き込まれて死に、兄は兵力が足りないからって徴兵され、恋人は……私を庇い殺された。支配下に置かれた私達の生活は一変したわ。そんな状況で私みたいに何の力も無い若い女がどうなるか、少し想像したらわかるんじゃない?……本当に地獄だと思った」


「いや、そんな……一般人に手を出すなんて協定違反じゃ……」


「あっはっはっは……ジョシュア本気でそんな事言ってるの? 戦場じゃそんな協定なんか意味ないわよ。力ある者が力ない者を蹂躙するだけ。勝った奴が正しくて負けた奴が間違ってたのよ。負けた方は勝った方に従わなきゃいけないんでしょ? でもね……私は耐えきれずにある夜セントラルボーデン軍の将校を殺した。いつものように従順にベッドに入って、相手が油断した所で隠してたナイフで首を一突きだったわ。毎晩私を苦しめていたあいつは突然の事に驚いたように目を見開き死んでいった……」


 言っていて当時の記憶が蘇るのかシエラは次第に情緒不安定になりジョシュアが見た事もない表情を見せるようになっていく。


「その後、私は街を飛び出し必死に逃げた。そして気が付くと海辺に立っていて、もうここで私の人生を終わらそうって思ったの。けどその時、後ろから声を掛けられ呼び止められた。振り返ると女性が立っていて『もし死ぬ気ならその前に復讐しないか? 私の仕事を手伝わないか?』って言われてさ……思わず頷いちゃったのよ。それから私達は地下に潜り活動を始めると、暫くして正式に終戦協定が結ばれたって聞いたわ……本当笑っちゃうよね。上だけで勝手に戦争始めて、勝手に戦争終わらせてるんだよ。一番被害被ってるのは私達みたいな何の力も無い国民なのにさ」


 時折笑顔は見せるものの、その潤んだ瞳は哀しさに満ちておりジョシュアは戸惑うばかりで言葉を失っていた。気付くとシエラの狂気のような物がその場を支払いしていた。


「彼女は多分科学者だったと思う。それも優秀なやつ。何年も潜みながら彼女は何処からともなく何人も人を連れて来てはクリスタルを使った実験を繰り返してたわ……もうわかるでしょ? その実験の参加者にアナベルもいたの。他の被験者はクリスタルの魔力に耐えきれず燃え尽きたりしたけどアナベルだけは適応したみたいでね、彼の執念が勝ってたのかもね……そこからは知ってるかな? 私はアナベルと共に保護地区を訪れ、金で雇った奴らに追われるふりをしてセントラルボーデン中心部に向かっていた。そのまま中心部に着いたら助けを求めて潜入する手筈だったんだけど……途中でジョシュアに出会って予定変更になったの……どう? これが大まかだけど事の真相よ」


 俯き話していたかと思うと突然きりっとした顔で向き直りシエラは真っ直ぐな視線をジョシュアに向けてくる。


「……シエラが壮絶な人生歩んで来たのもわかるし、許せない気持ちもわかるけど……」


「簡単に私の気持ちわかったとか言わないで!! それにまだ話は終わってない……ジョシュア前に言ってたよね? 『あいつら負けて敗戦国になったのに一部の奴らはそれを認めようともしない』って。確かにそうかもしれない……だけど勝手に終わらさないで、私の戦争はまだ終わってない……さぁジョシュア、このまま私と一緒に逃げてくれるか、それともここでどちらかが死ぬか決めて」


 ジョシュアの語り掛けを一喝すると、シエラは再び銃を向けて鋭い目つきでジョシュアに選択を迫る。

 ジョシュアは完全に気圧され、たじろいでいた。


「な、何言ってんだよシエラ……そんなの……そんなの選べる訳……」


「だったら貴方も銃構えたら? 私服でも銃ぐらい持ってるんでしょ? 貴方が構えなくても私は引き金引くわよ」


 そう冷たく言い放つシエラは微かに唇を噛んだ。

 ジョシュアは腰のベルトに挟んでいた自前の銃に手を伸ばす。

 しかし銃を手にしたジョシュアはその銃口をシエラに向ける訳でもなく、ただ手に取った銃とシエラに何度も視線を交互にやる。


「どうしてなんだ? シエラ……どうして、そんな……」


「どうして?……ふっ、戦争だからよ……」


 そう言って笑い、冷たく言い放ったシエラの頬を一筋の涙が流れていく。


 次の瞬間、一発の乾いた銃声が荒野に鳴り響いた。

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