第52話 バレスタの攻防⑩

 砂埃と粉塵が辺りを覆い、視界が遮られる中、僅かに動く人影があった。


 瓦礫を押しのけるようにしてジョシュアが立ち上がる。周りを見渡すがベースの残骸が辺りに散らばり、所々で残火がまだ揺らめいていた。


「くっ……まさかこんなに大爆発起こすとは。アイツはどうなった? やったか?」


 意識をはっきりと戻すように自ら頭を軽く叩きアナベルの行方を探す。

 アナベルを食料庫になっている部屋におびき出し、悟られぬように小麦粉で粉塵爆発を起こすジョシュアの作戦は見事に成功した。

 爆発の瞬間、持ち前の反射神経とゲルト少佐が補充してくれた魔力で即座に氷の壁を作り出しなんとか直撃だけは避ける事は出来た。ただ爆発の規模は想像したよりも大きく、作り出した氷の壁は破壊され自らも吹き飛び、バトルスーツによる衝撃吸収がなければジョシュア自身も危うい所ではあった。


 ジョシュアが腰を下ろし視界の悪い中、目を凝らし警戒していると、煙の向こうで僅かに動く人影を確認する。


「はぁ、はぁ……やってくれたな兵隊……ただでは済まさんぞ……」


 瓦礫が散乱し、至る所から煙が立ち込める中アナベルがふらつきながらも立ち上がる。


「やっぱり生きてやがったか。きっちり俺の手で仕留めてやる」


 ジョシュアが立ち上がり剣を握り締めアナベルの方へ向かって歩き出す。

 ジョシュアの身体も勿論無事ではなかった。一歩一歩、歩く度に激痛が身体中を駆け巡る。これまでの激戦と先程の爆発で満身創痍の状態だ。

 だがこの機を逃せば再び勝機を逸してしまうと思い、必死でその身を前に進ませる。


 そうして互いに視認出来る所まで来た時にジョシュアは驚愕する。

 肩で息をするアナベルは頭や身体中に傷を負い血だらけになり立ち尽くしていた。

 そして粉塵爆発の起点になったであろう、その右腕は上腕から先を失い酷く焼け焦げている。

 ただジョシュアを驚かせたのはアナベルの左胸の部分であった。


 爆発の衝撃で衣服も剥ぎ取らたようになったアナベルの上半身はあらわになっていた。そして露になった左胸にはクリスタルが埋め込まれていたのだ。


「な、なんだ? クリスタルか? どうなってやがる?」


「貴様!!……許さん……ぶっ殺してやる!!」


 正に瀕死のような重傷を負い、足元もおぼつかない中、狂気に満ちた目でジョシュアを睨みつけるアナベル。ジョシュアも思わず気圧されそうになった。


『彼の者を捕えよ。氷縛結界アイスバインド


 突然アナベルの足元から多数の氷のつららが伸びたかと思うとアナベルの身体を貫き、動きを止めた。


「ジョシュア!! 今だ早くしろ! 今の私ではそう長くはもたん」


 離れた所でうずくまり息を切らしながらゲルト少佐が叫んだ。


「まだ生きてやがったか死に損ないが……こんな物……」

「ふっ、部下が無茶してるんだ、私だけ寝てる訳にはいかなくてな」


 アナベルが身体を揺すって無理やり氷縛結界を解こうとするがゲルト少佐が血を吐きながらも手をかざし渾身の魔力を送り込む。


「うおおお、終わりだアナベル!!」


 ジョシュアが一気に飛びかかり渾身の力でその大剣を振り下ろす。


 ジョシュアの大剣がアナベルの身体にめりこむ寸前、鈍い音と共に突然何か硬い物に当たったかのようにジョシュアの大剣が止まった。

 次の瞬間、飛びかかった反動かのようにジョシュアが一気に弾き飛ばされる。

 その場にいた誰もが何が起こったか理解出来ずにいると、砂埃の向こうからローブに身を包んだ骸骨が姿を現す。ケスターだ。


「かはは、思わず割って入ってしまいました。絶妙なタイミングだったでしょうアナベルさん?」

「ケスターか……助かったぜ、早くあの死に損ないを始末してこの結界を解いてくれ」


「骸骨野郎が何故ここに? セシルは? セシルはどうした!?」


 荒い呼吸の中、少し安堵の表情を見せたアナベルとは対照的に困惑に満ちた表情で怒りを露わにするジョシュア。


「セシル? あぁ、あのブロンドの髪の美しいお嬢さんですか? 私がここにいるという事は……わかりませんか?」


「野郎!!……な、なんだ?」


 ケスターの見下したかのような物言いに怒り、飛びかかろうとしたジョシュアだったが足元がぬかるみどんどんと自身が地面に沈んで行く事に気付いた。

 そして膝下辺りまで沈んだ所でようやく沈下は止まる。


「今は貴方の相手をしてる暇はないんです。そのまま暫く大人しくしてて下さい」


 そう言ってジョシュアを一瞥いちべつした後、再びアナベルの方へと向き直る。


「さてアナベルさん。やはり、ありましたか」


 アナベルの胸にあるクリスタルを指さしケスターが問いかけた。


「そ、そんな事より早く結界これをなんとかしろケスター」


「そんな事? 何を言ってるんですか? より大切な事なんかないでしょう!? それぞ正しくシャリアの力が宿りしシャリアのクリスタルシャリアーズグラス。貴方には過ぎた力だと思いますよ」


 そう言うケスターの双眸は赤い光を灯していた。骸骨である為細かな表情はわからない。しかし気分が高揚しているのは言葉の端々から伝わってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る