第49話 バレスタの攻防⑦

――

 一方ケスターを追って一人駆け出して行ったセシルはケスターを見失い荒野をさまよっていた。遠くで聞こえる銃声や爆発音を背に、暗く静かな荒野を一人歩を進めていると緊張感が増していく。


「おかしいなぁ。多分この辺だと思ったんだけど……」


「何かお探しですかお嬢さん」


 セシルがキョロキョロと周りを見渡しながら慎重に歩いていると少し離れた岩陰から突然声を掛けられる。慌ててセシルが振り返るとそこには夜の闇に同化するようにケスターがセシルを見つめ立っていた。


「ああ、この辺に死に損ないの骸骨が飛ばされてきたみたいでね。ついでだから埋葬してあげようと思ってさ」


 そう言ってセシルは腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべる。


「かはは、なんとなんとご親切に。しかし私はまだやる事がありましてね。まだ土に還る訳にはいかないんですよ」


「あはは、大丈夫大丈夫。あんた基本骨だからそう簡単に土には還らないんじゃない? とりあえず自然の摂理に反してるみたいだし安らかに眠ってほしいんだけど?」


「かはは、この世に生まれて数百年。まだまだ死ぬ訳にはいかないんですよ」


「あれ? あんた一回死んで蘇ったゾンビ系じゃないの?」


「失礼な! あんな知性の欠片も無いのと一緒にしないでいただきたい。私はリッチのケスター。探求者であり立派なウィザードですよ」


「ま、どっちでもいいや」


 少しコミカルなやり取りの後、セシルは笑みを浮かべたまま押し黙り、周りに風が舞い、辺りを緊張感が包んでいく。


風の切り裂き魔ウィンドリッパー


 セシルの眼前から交差するように二筋のかまいたちが砂煙を上げながらケスターに向かっていく。

 ただ立ち尽くすケスターにかまいたちが襲いかかるが、かまいたちは届く事なく寸前で弾かれてしまった。


「魔法障壁!?」


「かはは、今のように詠唱破棄した初級魔法など私には届きませんよ。しかも貴女、余裕を装ってはいるがここまでの連戦で相当無理をしているんでしょう? 恐らく魔力ももうたいして残ってないでしょうね……限界ってやつですよ」


 確かにケスターの言う通り顔の血色は悪く、ウィンドリッパーを使っただけで僅かに呼吸も乱れ、セシルの限界は近かった。ここまでガルフやサミュエルと戦い、先程はバーストツイスターも使い、魔力だけなら既に限界を超えているような状態だ。


「ふん、限界? そんな事本人が一番わかってんのよ。だからって退ける訳ないでしょ」


 そう言ってセシルが半身になり両手を構えると周りで風が吹き乱れだす。

 乱舞する風の中、美しいブロンドの髪をなびかせ眼光は鋭さを増す。


「ほほう、ここにきて更に上級魔法使うつもりですか……リスクが高過ぎますよ」


 ケスターは微動だにせず、その双眸の先で乱れ舞う風の中、手をかざし必死の形相で立つセシルを見つめていた。


『……シルフの名のもとに我は求める。古き契約を今この時成し遂げよ』


 詠唱を唱えると、先程まで見えていた星空に厚い雲がかかり月明かりは届かなくなる。急激に夜の闇が増し、風が吹き荒ぶ。

 しかし構えるセシルの腕は硬直し浮き上がる血管は所々で裂け血飛沫が舞う。骨はきしみ今にも折れそうになっていた。


「かははは、その状態で最大級の風の精霊魔法ですか。その若さでなんとも素晴らしい……しかしもう反動が出てますよ。成功しますか?」


 立ち尽くしたまま、尚動こうとしないケスターに直径十センチはあろうかという雹が降り注ぐ。


「急激な気圧の変化……並の者ならこの雹だけでもそれなりのダメージですよ。天候さえも操るとは、面白い。やはり約百年ぶりに外に出てきたかいがありますね」


「百年て……筋金入りの引きこもりじゃない。そのまま部屋にこもってりゃ良かったのに。四精霊天聖暴風龍ブラストサイクロン


 セシルの両サイドに天にも届きそうな巨大な竜巻が二つ出現すると、周りにある岩や岩壁を巻き込み削りながらケスターを挟むように襲いかかった。


「巨大な竜巻による挟撃ですか。これは凄いですね。まともに喰らえば一瞬でバラバラにされそうだ」


 そう言うケスターだが、その佇まいからは余裕が感じられる。

 しかしあらゆる物を削り、なぎ倒し猛威を振るう二本の巨大な竜巻がケスターを襲った。

 二本の竜巻はケスターを呑み込んだ後も尚、猛威を振るい続け数分後にようやく収まりをみせる。


 暴風が去り、再び静けさを取り戻した荒野は砂埃に覆われていた。


「はぁ、はぁ……まずい、頭がクラクラする。手はズタボロだし……」


 セシルはふらつきながら近くの岩に身体を預け、自らの手を見つめていた。

 顔には多量の汗をかき息も絶え絶え、両腕は毛細血管が破裂し血だらけになり、最早立っているのもやっとといった状態だ。


「これじゃあ、どっちが勝ったんだかわかんないよね……」


 虚ろな目をし、ケスターが先程まで立っていた場所を見つめ呟いた。


「……えぇ、本当ですね。困りましたねぇ」


「……!!な、そんな……」


 突如したケスターの声にセシルは驚愕の表情を見せた。

 砂埃が徐々に晴れてくるとそこには黒い半球体の中で佇むケスターの姿があった。


「黒い結界!?……まさか、禁呪!?」


「かはは、さすがさすが、理解が早い。そうこれは禁呪を応用した結界です。これぞ百年余りこもって研究していた事の結果の一つです。あれ程の魔法はさすがに魔法障壁では防ぎきれませんので使わせていただきました」


 ケスターは得意げに語った後、結界を解きゆっくりとセシルの元へと歩み出す。

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