第47話 バレスタの攻防⑤

 火竜を確認した所までジョシュアが駆けつけるとそこにいたのはローブを纏った骸骨のような者と仮面を着けたアナベル。それに遠目からも負傷していると確認出来るゲルト少佐が俯き膝を着いていた。


「ゲルト少佐!」


 ジョシュアが慌てて駆け寄り膝を落とすとゲルト少佐は少し顔を上げ、ジョシュアを確認し僅かに笑みを見せた。

 駆け寄ったジョシュアは驚愕する。いつも余裕を持ち傲然とした態度をとっていたゲルト少佐が片腕を失い、片膝を着き、肩で息をしているのだから。


「大丈夫ですか……なんて聞くのも野暮ですかね?」

「ああ、まさかこんな情けない姿を晒す事になるとはな……気を付けろ。アナベルだけじゃなく、あの骸骨も相当やばいぞ」


 そう言ってゲルト少佐は残った左腕をジョシュアのバトルスーツの背後に回した。

 そうして起用に片手でバトルスーツの背中部分を開けクリスタルに手を添える。


「少佐それ以上無理は……」

「ふんっ、下っ端に心配される程まだやきは回ってない。それに今は無理を承知でする時だ」


 そう言ってクリスタルに魔力を込め始めた。

 だが実際、不利な乾燥地帯で水竜を作り上げ強力な魔法を連発し、片腕を失ったゲルト少佐の限界はとうに超えていた。今彼を動かしていたのは兵としての責務と自らのプライドだった。


「まぁ次から次へと小虫は湧いてきますね」


「鬱陶しい……まとめて焼き尽くすか」


 そう言ってアナベルが右手を振ると火竜が呼応するようにジョシュア達に向けて大きく口を開けた。


「久しぶりだな、アナベル。会いたかったぜ」


 ジョシュアが徐に立ち上がり銃を構えて笑みを見せる。


「なんだ? 誰だお前は? 残念ながら俺は男に興味はなくてな」


「俺もそんな趣味はねぇよ! 忘れたんなら思い出させてやる!!」


 そう言ってジョシュアはアナベルへ向けて駆け出し、構えた銃の引き金を引く。

 だが炎の壁が立ち上がり、やはり放たれた銃弾はアナベルまで届く事はなかった。


「そんなもんが通じるかよ。うん? そうか、思い出したぞ。お前アレだ。仲間が焼かれていくのをただ見てた奴だ! そうかそうか、また懲りずに来たのか」


 そう言ってアナベルはジョシュアを見ては高笑いをしていた。

 その時、アナベルの後方から銃声が響き、咄嗟に身をかわしたアナベルの頬を銃弾がかすめる。


「ちっ、外しちまった」

「俺達はそう簡単に焼かれるつもりはないぞ」


 悔しがるバスケスと、対照的に余裕の笑みを見せるマーカスがそこにいた。


「……貴様ら、死にたいようだな」

「ふっ、死に損ない一人に小虫が三匹増えた所でたいした事もないでしょうに」


 一転して怒りをあらわにするアナベルに対してケスターが笑うように語り掛ける。


「小虫はブンブンとお前達の周りを飛び回るぜ。捉えきれるかい?」


 そう言っていつの間にかジョシュアがケスターとの距離を詰めていた。

 手にしたダガーをケスターに突き立てようとしたその時、後方からゲルト少佐が声を荒らげる。


「駄目だ少尉! そいつに近付くな!! 下がれ!!」


 突然の事に驚いたジョシュアだったが体勢を崩しながらもなんとか飛び退き距離を取る。


「な、何事です?」


 困惑の表情を浮かべるジョシュアに対してゲルト少佐が苦笑いを浮かべながら説明を始めた。


「いいか少尉。どういう訳か奴に物理的な攻撃は効かない。そして奴に掴まれたら俺の左腕のようになるぞ」


 そう言ってゲルト少佐は自らの失われた左腕に視線をやる。


「ど、どういう事ですか?」

「説明は後だ。とりあえずあのドクロとソルジャーの相性は最悪だぞ」


 困惑するジョシュアの質問を遮るようにゲルト少佐は短い言葉で戒めた。

 再び対峙する四人、そして少し離れた所から隙を窺うマーカスとバスケス。


 「じゃあちょっとぶっつけ本番になるんですけど、セシルが補充してくれた魔力も少しは残ってたはずだし試してみますかね」


 そう言ってジョシュアが腰から大剣を抜き構える。


「かははは、物理攻撃は効かないと言われたのに次は大型の剣を抜くとは……なんとかの一つ覚えってやつですかね?」


 見下し、挑発するかのような言葉を並べてケスターは余裕をみせていた。

 そんなケスターを見て、ジョシュアは少し腰を落とし剣をやや上段に構えて集中力を増していく。


「今のうちに笑っとけよ骸骨野郎」


 互いの距離があるものの、ジョシュアがそう言って剣を振り下ろすとその斬撃は魔力を伴いまるでかまいたちのように砂埃を上げてケスターに迫った。


「な、なんと!!……岩の壁ロックウォール


 慌ててケスターが魔法を唱えると地面が隆起し岩の壁が立ちはだかりジョシュアの斬撃を防いだ。


「まさか今、斬撃と風の魔法を融合させましたか?」


「ぶっつけ本番の割には上手くいった方なんだけどな。次はもっと威力高めてやるよ」


 ジョシュアが剣を握り締め笑みを見せると、骸骨なため表情が読めないケスターだが、その口調から驚いているのが窺えた。


「調子に乗るなよ雑魚共……」


 そう言ってアナベルが片手を高々と上げると、再び火竜が呼応するようにその顎を大きく開きジョシュアに向ける。

 次の瞬間、アナベルが腕を振り下ろすと火竜はジョシュアに向かって灼熱の炎を吐き出す。

 迫る炎に対し軽々とかわそうとしたジョシュアだったが自らの背後に負傷したゲルト少佐がいる事に気付き、そちらに目をやった。

『自分一人なら簡単にかわせる。だがゲルト少佐はどうなる?』

 その一瞬の迷いは致命的だった。

 次に向き直った時には灼熱の炎はジョシュアの身を焦がさんと眼前まで迫っていた。

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