第45話 バレスタの攻防③

 およそ十メートルもない距離で対峙するゲルト少佐とアナベル。真剣な眼差しで睨むゲルト少佐をアナベルは薄ら笑いを浮かべて見つめていた。


 先に動いたのはアナベルだった。

 アナベルが右腕を振ると火柱が上がり、火柱はやがて火竜へと姿を変える。

 それを見たゲルト少佐も腕を振り上げる。

 するとゲルト少佐の背後から水竜が姿を現した。


「はっ、何処かで水系のウィザードには当たるとは思ってたがお前がそうだったか」


 そう言うとアナベルは自らの右腕にも炎を灯す。左足を一歩踏み出しやや半身の体勢から攻撃を伺うアナベルに対し、ゲルト少佐は左腕を前に突き出し手首をだらんと垂らして微動だにしなかった。


「焼き尽くせ火竜サラマンダー


 アナベルの一言で火竜はその顎から炎を放つ。

 しかしそれをわかっていたかのようにゲルト少佐がだらんとしていた手首を立てると、背後にいた水竜から水が放たれ、たちまち目の前に分厚い氷の壁を作り上げた。


 火竜の炎の息吹きを、氷の壁が遮断すると火竜はまるで意思を持っているかのようにゲルト少佐に向かって威嚇するように大きく口を開け、咆哮するような格好を見せていた。


 そんな火竜とゲルト少佐の攻防の隙をつくようにアナベルが壁の外から回り込む。


「水竜! 蹴散らせ!」


 すぐに振り向きゲルト少佐がそう命令すると水竜から高圧縮された水撃が放たれた。


 咄嗟に身を翻しかわすアナベル。

 アナベルがかわした地面は深く裂かれ、その先にあった岩は簡単に両断されていた。

 水での攻撃とはいえ、圧縮された水は鋼鉄はおろか、ダイヤモンドさえも両断する。言うなれば高出力のレーザーを放たれたようなものだった。


「やるじゃねぇか。その水の竜も俺の真似事ってわけじゃなさそうだな」


 そう言ってアナベルが頬を伝わる血を拭った。

 水竜の一撃が僅かにかすめていたのだ。


 再び対峙する二人と二頭の竜。

 ジリジリと増す緊張感の中、先程作り上げた氷の壁の側面が剥がれていくと、小さな礫が弾丸のようになり、大きな塊は鋭利なつららや三又のほこのように姿を変えていく。

 気付けばアナベルの周りを無数の氷で作られた武器が囲んでいた。


「逃げ場は無いぞ」


 そう言ってゲルト少佐が腕を振ると囲んでいた武器が猛スピードで一斉にアナベルへ向かって襲いかかる。


「逃げるつもりなんかねぇよ」


 アナベルが片手を掲げるとアナベルを中心に炎が立ち上がる。

 その熱量を前に襲いかかった武器達はアナベルへ到達する事なく溶けて蒸発してしまった。


「はは、次はどうするよ、優男」


「……彼の者を絶望なる淵へと追いやらん……」


 向かって来る氷の武器をことごとく蒸発させ、余裕を見せるアナベルだったが、水煙が晴れ視界が確保出来るとゲルト少佐が両手を合わせて詠唱に入っている事に気付く。


上級魔法これの為の布石か……させるかよ」


 アナベルが再び手を掲げると無数の火球が出現する。


「ほら、隙だらけだぜ」


 そう言ってアナベルが手を振り下ろすと火球がゲルト少佐に向かって放たれた。

 火球がゲルト少佐に迫った時、水竜が突如動き出しゲルト少佐の前で火球を呑み込んだ。

 これを見たアナベルは即座に次は火の矢を放った。

 凄まじい速さで迫る火矢に対して水竜はその顎から水を放ち、火矢を消滅させる。


「ちっ、ことごとく邪魔しやがる。優秀なペットだな」


 アナベルが苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。


「……凍てつく息吹で霧散せよ。終わりだアナベル。砕けろ、極冷氷雪息吹フリーズブラスト


 ゲルト少佐の手から巨大な冷気の塊が放たれた。

 ゲルト少佐の最強魔法、フリーズブラスト。

 その冷気は液体窒素並のマイナス200℃であり、その冷気をまともに受けた者は細胞レベルで凍てつきバラバラに砕け散る。


「くっ、火竜サラマンダー


 アナベルが叫ぶと同時に火竜が炎を吐く。

 だがそれでも放たれた冷気は炎を打ち消しながらアナベルへと向かって行く。

 次の瞬間、爆発と共に凄まじい冷気が辺りを襲った。フリーズブラストが直撃した合図だ。


「ふっ、塵となれテロリストよ」


 まるで氷河期のように真っ白になった地に細胞レベルまで粉々にされた塵がキラキラと舞い落ちる。


「……ふぅ、さすがに今のはやばかったぜ」


 聞こえる筈のない声に驚き、慌てて声のした方を振り向くとそこには手傷を負ったアナベルが立っていた。

 驚愕の表情を見せるゲルト少佐。

 それもその筈、フリーズブラストをまともに受けて姿形を保っていた者などいる筈がなかったのだから。


「くっくっく、何をそんなに驚いてるんだよ?」


 勝ち誇ったような笑みを見せるアナベル。


「……しょ……少佐……化け物だ……」


 突然かすれたような、消え入りそうな声が聞こえ、振り返るとそこにはドクロ仮面の討伐に向かった筈のスティーブンが変わり果てた姿で立っていた。


「ス、スティーブンなのか?」


 ゲルト少佐が確認するように問い掛ける。

 それもその筈、『本物のドクロに変えてやりますよ』と言って元気に駆け出して行ったスティーブンは筋骨隆々でたくましい肉体をしていた。

 しかし今目の前にいる男はガリガリに痩せ細り、顔にも生気はなく、今にも果ててしまいそうな男だった。


 ゲルト少佐が理解が出来ずに立ち尽くしていると、スティーブンは力尽きその場に倒れた。

 するとその後からドクロの顔をしボロボロのローブに身を包んだ男が姿を現す。


「ば、馬鹿な……」


 その男の顔を見てゲルト少佐は一歩、二歩と後にたじろいだ。

 その男の顔はドクロの仮面を着けているのではなく、ドクロそのもの。骸骨だったのだ。


「そんなに驚かなくてもいいだろうに。アンデッドは初めてかな? 私はアンデッドの王、リッチのケスターだ」


 自らの最強魔法であるフリーズブラストは防がれ、歴戦の実力者集団スティーブン隊は呆気なく全滅し、目の前にはドクロの化け物がいる。

 そのような状況でゲルト少佐の耳にケスターの話は入っていかなかった。

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