第42話 ガルフ・シュタット④
──
「はぁ……はぁ……剣を風の魔法に乗せやがったな……」
ガルフは跪き、己の肩口から胸の辺りまで切り裂き、いまだに胸にくい込んでいる剣の刃を睨んでいた。
両手を失い致命傷を負い、息も絶え絶えのガルフにはもう睨む事ぐらいしかできなかったのだ。
「もう終わりだな。ガルフ」
ジョシュアが冷めた目で見下ろし、冷たく言い放つ。辺りにはガルフの荒れた息づかいだけが響いていた。
「こっちも無事終わったみたいね」
少し離れた所からした声に振り向くと、僅かに背を木に預けるように、セシルが右手を押さえて立っていた。
その時、ガルフの
慌てて後方へ飛び退き辛うじてガルフの鋭い牙から逃れたジョシュアだったが、腰の辺りに装着していた手投げ弾を咥えられて奪われる形になってしまった。
「クソっまだそんな力が残っていたか」
ジョシュアが再び剣を握り締め身構えた。
しかし身体に深くくい込んでいた剣が抜かれた為にガルフの身体からは大量の血が吹き出し、みるみる生気が失われていくのがわかる。
「お前の苦し紛れの攻撃で、わざわざ自分の死期を早めちまったな。俺からかすめ取った手投げ弾で何する気だ?」
ジョシュアがガルフと対峙したまま皮肉めいた言葉を口にする。
「……はは……こうなっちまったら……少し早く死のうが……別に構やしねぇよ……口惜しいがお前らの勝ちだ……ジョシュア……」
そう言うと奪った手投げ弾を咥え直し、ニヤリと笑った。
手投げ弾と言ってもボタンを押して、起動する時間を設定出来たりする物等、様々な物があるがジョシュアが装備していた物はピンを抜けば数秒後に爆発するシンプルな物だった。
両腕を失ったガルフは手投げ弾を口に咥えたまま、器用に足の指を引っ掛けてピンを抜く。
「な、何を!?」
慌てるようにジョシュアが飛び退き更に距離を取る。
しかしガルフは何をする訳でもなくピンを抜かれた手投げ弾を咥え、含み笑いを見せていた。
数秒後、爆発音が鳴り響き、爆風と粉塵に混じりガルフの血肉が爆散する。
辺りに煙と埃、それに火薬と血の混ざり合った匂いも立ち込める。
視界が徐々に確保されてくると煙と粉塵の中から胸から上を失ったガルフの遺体が浮かび上がり、飛び散った血肉も合わさって、正にそこは地獄絵図のようだった。
「最後は自爆かよ……」
呆然としていたジョシュアが呟く。何故ガルフは自爆を選んだのか? ガルフの最後の不可解な行動がジョシュアにはわからなかった。
「……ふぅ、何なの? まったく」
少し離れた所でセシルが不満そうに呟き、ジョシュアの方へと歩を進めると、『カン!』と何か金属製の物が足先に当たった気がした。
気になり足元に目をやると、そこにはシルバーのクロスネックレスが落ちていた。
「これって確か……」
そう言ってセシルがクロスネックレスを
セシルが手に取り観察していると十字架の部分にボタンのような物がある事に気付く。
そのボタンをセシルは静かに押した。
すると女性と子供の3Dホログラムが浮かび上がる。もう一度ボタンを押すと次は赤ちゃんを抱えた女性と
セシルの心が密かにザワつく。
もう一度ボタンを押すとホログラムは消えた。
どうやら残されていたメモリーは二枚だけ。ホログラムの大きさはセシルの手の平程だった為、ジョシュアもマーカスも気付いてはなさそうだ。
一枚目と二枚目の女性は明らかに別人だった。着ていた服装からしても撮られた年代が違うように思えた。
そして二枚目に写っていた男性は恐らく人の姿のガルフだと思われる。その上、一枚目に写っていた子供の面影が見て取れた。
「ちょっと待ってよ……」
セシルが小声で呟くと、ジョシュアが振り向いた。
「セシル、どうした? 大丈夫か?」
「え? う、うん、大丈夫よ。ちょっと疲れただけ。それより早く他の皆も集めて状況を確認しましょう。教会に向かったチームも気になるし。ひとまず遺跡の入口辺りに集まらない?」
セシルは気丈に振る舞いジョシュアとマーカスにそう促すと、二人も頷き早速行動に移そうとする。
「ん? どうしたセシル? 来ないのか?」
自分から言い出したくせに動こうとしないセシルを不思議に思いジョシュアが声をかける。
「ああ、先に行っててよ。私は少し休憩したら行くから。女の子なんだからあんた達みたいに体力有り余ってる訳じゃないのよ」
そう言ってジョシュア達を先に行かせた。マーカスは逆に心配だからと、残ろうとしたがそれでも上手くかわして先に行ってもらう。
一人になったセシルは再びホログラムのボタンを押した。
二枚共恐らく家族写真だろう。そして一枚目の子供と二枚目の男性は恐らくガルフだと思われる。となると一枚目の女性は母親だろう。問題は二枚目だ。ガルフには妻と子供がいた?
「ふぅぅ……」
セシルが大きなため息をつき目を伏せた。
「あんたさぁ……最後までちゃんと悪役でいなさいよ。じゃなきゃ私の心がもたないじゃない……」
勝ちはした。だが心は晴れていなかった。寧ろやるせなさが満ちていたのかもしれない。
セシルは木にもたれかかりながら夜空を見上げ、身体を預けていた木を軽く殴った。
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