第40話 ガルフ・シュタット②

 ガルフは母の遺体を抱えて山中へと姿を消した。

 翌日、町ではホワイト家でおびただしい量の血痕を残し、母子二人が姿を消した事で騒動となっていた。


 町では、母子は襲われ連れ去られた挙句、食料にされたんじゃないかと、まことしやかに噂されていた。早速捜索隊が結成されたが発見には至らず、捜索隊は早々に解体される事となる。


 だが、この事件を境に怪物に襲われる事件が起きなくなった為、街の人々からは事件の記憶が徐々に失われていき、事件は風化していってしまった。


 一方ガルフは、事件から暫くは山に身を潜めていたが、よわい十一歳にも満たない少年が山中で一人生きて行ける訳もなく、空腹に耐えかねて見知らぬ町へと降りて行く事になる。


 暫くは野宿をしながら、家から持ち出した僅かなお金を使い空腹を満たしていたが、すぐにお金は尽き食料を手に入れる手段を失ってしまう。


 身を寄せる場所も無ければ食料を買うお金も無い。こうなってしまえばガルフは生き抜く為に盗みを働くようになった。

 思えば十歳ぐらいの特別な才能がある訳ではない少年が一人で生きて行くにはそうするしかなかったのかもしれない。


 初めはおどおどしながら、人に気付かれないようにこっそり盗みを働いていたガルフだったが繰り返すうちに徐々に大胆になり、それは窃盗から強盗になり、様々な犯罪にも手を染めていく事となった。


 その間、発作的に人狼へと変わってしまう事もあったが定住している場所がある訳でもなかったガルフは最早気にする事もなく、騒ぎが大きくなればその町から離れ、新たな町へと移動し、また犯罪を繰り返すようになる。


 そんな荒れた生活を送り月日は流れ、いつしかガルフはもう成人する程成長していた。


 この頃になると発作的に人狼になる事もなく、人狼にならずとも人の状態で十分な身体能力を有するガルフの周りには、いつしか仲間が集まってくるようになる。

 無論、皆流れ者やすねに傷を持つ者ばかりだったが、ここまで少年期等を一人孤独に過ごしてきたガルフにとって、それは決して居心地の悪い物ではなく、ガルフはギャング団を結成する事になった。


 そしてそんな中、ガルフにもパートナーと呼べる存在と出会う事になる。

 彼女の名はミア・シュタット。ミアもガルフの元に集まったならず者の一人だ。

 ガルフは忘れていた温もりを思い出し、ミアは求めていた安心を手に入れ、二人はすぐに惹かれ合い深い仲になるのにそれほど時間は必要なかった。


 やがてミアは新たな生命を宿す事になる。


 この時からガルフは『ガルフ・シュタット』と名乗るようになった。


 しかしこの頃、ガルフの結成した新しいギャング団は古くからあるギャング団と衝突を繰り返し、激しい抗争の真っ只中であった。


 ある時、ガルフが仲間達と食事をしていた時、敵対するギャング団から不意討ちで総攻撃を受ける。


「ガルフさんこのままじゃ……やられます」

「クソッ! 数が多過ぎる。ガルフさんやばいです」


 鉄製のテーブルを盾に、飛び交う銃弾を避けながら仲間が乞うように訴えてくる。


「……いいか、お前ら。ミアには上手く言っといてくれ。後は頼んだ」


 意を決したかのようにガルフは立ち上がり、人狼へと化した。

 人狼となったガルフは敵対するギャング団を圧倒的な力で蹂躙していく。

 敵対するギャング団はガルフの前に恐怖し、戦意を喪失し、ひれ伏していく。


 敵対勢力を殲滅し、死屍累々の中、立ち尽くす人狼の姿は正に伝説に出て来るような怪物を連想させた。


「へっ、結局最後はこうなるか」


 ガルフが一人立ち尽くし呟いた。


「ガルフさん。あんた……凄ぇよ!!」

「マジかよガルフさん!?かっこいいぜ!」


 いつも難しい顔をしている事の多いガルフだったが、この時ばかりは呆気に取られた表情をし、戸惑いを見せる。


 今までも人狼の姿を晒せば、皆『怪物だ』なんだと騒ぎ立て居場所を追われた。今回もまたそうなると思っていたガルフだったが、周りを見渡せば皆、羨望の眼差しを向けてガルフを見つめている。


 皆、例え人狼だろうとガルフは仲間であり、リーダーであると認めていたのだ。


 敵対勢力を排除したガルフ達は更に勢力を伸ばし小さな町ではあるが町一つを牛耳る程の勢力になっていた。


 そんな中、一人の男がガルフの前に現れる。


「ここのリーダーは貴方ですか?」


 男は長身で何処か気品のあるしっかりとしたスーツ姿ではあったが、荒くれ者達が集まるこの場所でも自信に満ちた立ち振る舞いから只者ではない事は伺えた。


「ああ、そうだが、お前は誰だ?」


「私はバロンと申します。よろしければ裏でお話しでも」


「ああ、いいぜ」


 バロンが笑みを浮かべ、丁寧なお辞儀をしてそう促すとガルフも笑みを浮かべて席を立つ。

 この時、バロンの正体にガルフは気付いていた訳ではないが、何処か同族のような気配を感じていた。

 それは『ライカンスロープ』同士の共感めいた物だったのかもしれない。

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