第39話 ガルフ・シュタット

 ──

 セントラルボーデン国内、地方にある工場都市の小さな田舎町でガルフ・ホワイトは育った。


 ガルフが物心ついた頃から父親はおらず、母が一人でガルフを育てている。

 母一人、子一人の生活は決して裕福ではなかったが、それでも母はガルフに人並みの生活をさせようと必死に働き、精一杯の愛情をかけていた。

 

 ガルフも自分の為に必死に働き、優しくて、明るく聡明な母が大好きだった。


 幼少期のガルフは頭も良く、元気に友達と遊び回っては明るく笑う子供だった。

 時折、学校では片親である事をネタに、心無い言葉をかけてくる者もいたが、心を許せる友もいたし、何より家に帰れば優しく全てを包み込んでくれる母がいた。


 この時がガルフにとって一番輝いていた時かもしれない。


 ガルフが十一歳を迎えようかとしていた頃、町で事件が起こる。


 十五歳になる少年が無惨な姿となって町の外れにある森の中で見つかったのだ。

 少年の名はアーロン・ブラウン。町では不良少年として有名な少年だった。


 アーロンが発見された時、片腕は千切れ、腹は裂かれ、顔面は誰か判別がつかない程潰されていて、所持品や服装等から本人だと断定された。

 熊等の猛獣の仕業か、とも思われたがこの辺りで猛獣が出た等の話は聞いた事もなく、事件、事故両方の可能性を含めて捜査される事となる。


 しかしこの三日後、更なる衝撃が町を襲う。


 夜、町の警察署に全身に切り傷や裂傷を負い、血だらけになった少年が駆け込んで来たのだ。

 少年言わく、路地裏で仲間三人でたむろっていると突然怪物に襲われたと言うのだ。

 普通ならそんな突拍子もない話など誰も信じるはずがないのだが、少年の必死な様子とその怪我の程度から頭ごなしに否定する事も出来ず、ひとまず警官は少年の証言した場所へと急行する事にした。


 現場に着いた警官は絶句する事となる。

 狭い路地裏の至る所に血肉が飛び散り、明らかに絶命している二人の遺体が転がっていたのだ。

 警官は急いで応援を呼ぶが、到着した警官の中にはあまりに凄惨すぎる現場に卒倒する者も出ていた。


 現場の状況や被害者の傷口等から犯人はアーロンの事件と同一人物と思われ、連続殺人事件として扱われる事となる。


『夜になると怪物が現れる』

『怪物は子供達を狙うらしい』


 町は怪物の噂で持ち切りとなった。


「いいガルフ? 夜は絶対に外に出ちゃ駄目! わかった?」


 母は何度もガルフに言い聞かせ、部屋には鍵をかけ絶対に外には出さないようにした。


 ガルフは仕方なく夜になると部屋で一人過ごす事が増えていく。


 そんな中、昼間はめいっぱい外で友人達と遊び回るガルフ。

 その日も友人のルークと遊んでいた。

 ルークはガルフの良き友であり、理解者でもあった。二人は週末にあるスポーツの話題や、気になる女の子の話で盛り上がったりしていた。


 その後、夕方になり帰宅し、母と夕食を取ろうとしていたガルフの元にルークの死という衝撃の一報が届く。


 ルークは帰り道、路地裏に連れ込まれ、惨殺されていたのだ。

 昼間、共に遊び回り、あんなに笑い合ったルークが死んだ。

 ガルフは愕然とし母の胸で泣きじゃくった。


 泣き疲れて眠ってしまったガルフは自室のベッドの上で目を覚ます。時計を確認すると日付が変わろうとする頃だ。


 歯磨き等、寝る前の準備していなかった事が気になったガルフが部屋のドアに手をかけるとドアは簡単に開いた。

 母が鍵をかけ忘れていたのだ。


 部屋を出て下に降りたガルフは何故か普段は開けない納戸が気になり何気無しに開けてしまう。


 すると中から多量の血が付着した母のブラウスを発見してしまった。


『何これ? これは一体誰の血!?』

『母さんは何処だ!?』


 ガルフは困惑し混乱した。


「ガルフ! なんで出てきちゃったの!?」


 混乱し、取り乱していたガルフを母が駆け寄り抱きしめる。


「母さん! あの血は誰の血なの!? なんで母さんの服にあんなに血が沢山付いてるの!? ルークを、ルークを殺したのは誰なの!? 母さんじゃないよね!?」


 興奮し、母の胸で暴れるガルフを、必死に母はなだめていた。


「ガルフ落ち着いて!! そんな訳ないでしょ!!」


 それでも一度パニックになり興奮したガルフは中々落ち着く事が出来ない。


『あれは一体誰の血なんだ!? なんで母さんの服が血だらけになっていたんだ!? なんで? どうして? 誰が?……』


 何度も自問自答を繰り返し、興奮状態のガルフは我を忘れて母の声も耳に入らなくなっていた。


 どれ程の時間が経ったのだろうか?

 ふっと気が付くと暗い部屋で母が力強く抱きしめてくれていた。


「母さん……」


 そう口にしたガルフだったが何か違和感に気付く。

『何かおかしい』

 そう思い、ゆっくりと母から離れようとした時、違和感の正体に気付いた。


 己の右腕が母の胸を貫いていたのだ。


「え……な、なんで?」


 慌てて腕を引き抜くと、母は力無くその場に倒れた。

 血だらけになった己の右手を見つめると、その手は爪が伸び、濃い体毛に覆われていて、まるで獣の手のようだった。

 混乱するガルフに血の海に横たわる母が細々と消え入りそうな声で語りかける。


「……ごめんねガルフ……母さん……貴方の事……最後まで……守って……やれなかった」


 ガルフは慌てて母に駆け寄った。


「貴方は……悪くない……悪く……ないからね」


 そう言い残し母は穏やかな顔のまま、ガルフの腕の中で力尽きた。


「うわぁぁぁ! 母さん! 母さぁぁん!!」


 母を抱きしめ泣き叫ぶガルフだったが、そんな中ある事に気付いた。血の海に、泣いている狼の顔をした化け物が映っている事に。


 ガルフは立ち上がると恐る恐る鏡の前に立った。

 そこには狼の姿をした血だらけの化け物が立っていた。


 その時、ガルフは全てを理解する。

 アーロンを殺し、路地裏で三人を襲い、ルークを殺害した化け物は自分なんだと。

 そしてその化け物は今度、自分の母親も殺したんだと。

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