第5話 三年後期

 新学期になった。あれから佐伯とは、なんとなく距離を置いてしまった。連絡は取っていたし、電話もしていた。けれど、無意識に心の距離を取っていたのだ。前よりも自分を出さないようになっていた。

「おはよ、久しぶり。」

佐伯は、前と同じように声をかけてきた。普通だ。普通すぎる。

「今日は普通に授業あるのかね、後期一発目だけど。」

「うーん、一応半期ごとのやつだから、早く終わる気がする。」

「あ、じゃあ。もし早く終わったら、一緒にお昼食べようよ。」

「あーいいね。いこ。てか、あれだわ。今日はこれで授業終わりだから普通に遊べるわ。」

「あ、ほんと?一緒じゃん。なら街に出て遊ぶ?」

「そうしよ。」

 そうした。街に出て、ファミリーレストランで昼ご飯を食べて、ロフトや東急ハンズを無駄に全部の階見て回って、夜は居酒屋に入った。

ビールを飲んだまま酔いの力を借りて、佐伯に例のドタキャンについて聞くことにした。あれから、佐伯にも何か事情があったのではないかと考え直し、真意を聞くまでは無駄に落ち込むことを止めようと決めていたのだ。

「あー。あの日ね、友達がストーカー被害に遭ってて。家の前でそのストーカーが待機してたらしくて、それを助けに行ってた。」

「なるほど。」

「でね、市井とのご飯に連れて行くことも考えたんだけど、ストーカー被害に遭ってる時に、知らない人とご飯に行くって案外不安になるかもって思って、やめたの。」

「そっか。」

「ドタキャンしてごめん。市井にちゃんと謝らなきゃって思ってたんだけど、なんか機会を逃しちゃってた。ほんと、ごめん。」

 想定していた理由よりも重大なことが起こっていたので、許さざるを得なかった。あの日被害に遭っていたらしい人は、今は引っ越して安全な場所にいると聞いて安心した。

 この理由を知らないまま、佐伯と疎遠にならなくて良かった。自分は自分で良いのだと誰かに認めてもらいたいのなら、自分が相手を認めるのが先だった。あの時は、自分の苦しさでこんな簡単なことを見失っていたけれど、今になってやっと知ることが出来た。

 それからは、夏休みの間の距離を埋めるかのように、久しぶりに「自分」を見せた。やっぱり、楽しかった。久しぶりにちゃんと楽しかった気がする。


 ちょうど次の週、明石が家に遊びに来ることになった。そこで、佐伯を授業後に一緒に遊ぼうと誘ってみたら「行くわ!」と、ノリノリで返してくれた。

佐伯と初対面した明石は、これが噂の佐伯さんか……と呟いていたし、佐伯は佐伯で、これが噂の……と返していた。帰る頃には、二人とも呼び捨てで呼び合う仲になっていた。

 ここにいる全員が素直に「自分」を出していて、その中に自分がいるのがなんだか不思議だった。不思議だけれど、心地良かった。この二人には本音で生きていこうと心に決めた。

 「自分」を受け入れてくれると信じた自分がいて、しっかり受け止めてくれた明石と佐伯がいて、そのきっかけになってくれた佐々木さんがいた。人を自死に追い込むのは人かもしれないが、人を生かすのもまた人なのかもしれない。

 それに気がついた時、絶望と希望が同時にやってきた。そして、希望が目の前を覆った。

 来週三人でたつトリに行ったら、また佐々木さんに会えるだろうか。

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変わらずに変わった 斯波らく @raqu_f

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