第2話 お菓子パーティー
部屋の掃除が終わった頃、ちょうどインターフォンが鳴った。ドアを開くと、明石は「やっほー、お邪魔するよ。」と言い終わる前に上り込む。「ドモドモ。」と低い声で答えると、笑いながら「金井じゃん」とつっこまれた。金井というのは、中学の時に理科を教えてもらった先生のことだ。声が低く早口なのが特徴だ。当時二人で金井の真似をして遊んでいたのを未だに続けている。
キッチンでお茶を淹れ、テレビの前にある机へ持っていく。玄米茶かほうじ茶で悩んだが、玄米茶の香りを嗅いだら飲みたくなったので、玄米茶にした。抹茶入りなのもポイントが高い。湯のみから伝わる熱とお茶の香りが心地よく、明石がいるのも忘れてうとうとしてしまう。こんなとき沈黙を破るのはいつも、明石だ。
「あ、そういえば、工藤って覚えてる?中学の時の。」
「工藤?あ、あの人か。同窓会の時めっちゃイケイケになってた。」
「そう、その人。」
「工藤がどうしたん。」
「なんかさ、自殺したらしいよ。」
「え、本当に。」
「本当に。」
「そっか、そっかあ。なんでだろうね。同窓会の時めちゃくちゃ元気そうだったし、何があったんだろう。」
「部屋に遺書置いてあったらしいよ。まあでも、特別仲良くはなかったから、内容を推測することすら出来ないけど。」
「うーん。考えても分からないことなのに、すんごい気になるね。」
「そうねー。」と言い、明石はテレビを付けた。
ぼーっとテレビの画面を眺めてはみるが、知っている人が死んだという事実が頭を離れてくれなかった。なんで死ぬ必要があったんだろう。死んでも幸せになれないのに。生きているのがそんなに辛かったのかな。誰にも頼れなかったのかな。
「生きているより死んだほうが良いってどういう状態なんだろう。」
「ん?なんか言った?」
「あ、なんでもない。独り言。」明石は、一度こちらに向けた視線をテレビに戻した。しかし、すぐに口を開いた。
「んー、でもさ、死ぬのってなんで良くないって思うんだろうね。」
「え、そこから?」
「うん、そこから。でも、そうじゃない?なんで生きているかも分からないのに、どうして死んじゃダメだって思うんだろう?」
「確かに。」
「考える頭があるから?」
「いや、違うんじゃない。虫は本能的に生きようとするよ。」
「確かに、捕まえたら逃げようとする。」
「うーん、じゃあ、死んだらどうなるか分からないから?」
「焼かれて土に還るよ」
「魂は?」
「魂なんてないでしょ。魂だと思っているものは、脳で考えていること。つまり、自分たちの意思とか思想ってだけであって、死んだらなくなる。」
「ふむ、幽霊は嘘ということだね。」
「そ。変なのが見えてもそれは幻覚に過ぎない。」
「誰もいないお風呂場で石鹸がなぜか滑り落ちても?」
「それは空気とか水のせいでしょ。多分。」
「でもなんか怖くない?」
「原理が分かれば怖くないよ。」
「原理が分かっても怖いものは怖い気がする。」
「いや、その原理を知ろうとしないのに怖がってる方が怖いよ。」
なんだか論破された気がする。
「ん?あれ、そういえば何の話してたんだっけ。」
「えーっとね、何で死ぬのがダメなのかって話。」
「あ、そうだ。まだする?」
「暇だからする。テレビより市井と話してる方が楽しい。」
と言いながら、明石はテレビの電源を切った。その姿を見て嬉しさでニヤニヤしてしまいそうになったので、それを隠すため真剣な顔を作った。
「で、何でだと思う、めちゃくちゃ真剣な顔してるけど。」
「え、あ、うん。何でだろうね。」
「あ、何も考えてなかった時の返事。」
図星。
「っ、あ、痛いからかね?」
咄嗟にしては機転が利いている。
「うーん、生きててもそれなりに痛いことは多いよ。」
「身体が?心が?」
「どっちも。」
「まあ、明石の意見にしては、そこそこよく分かる。」
「なんでなんだろう。でもさ、いざ死ぬってなったら怖いよね。」
「怖いね。」
「自殺って結構な勇気じゃない?」
「結構な勇気だよ。出来ないもん。そんな度胸はない。」
「だよね、工藤すごいな。死ぬっていう勇気があったんだもん。」
「生きるっていう勇気はもう無かったのかな。」
「生きるっていう勇気はそもそも無いんじゃない。自然と生きなきゃいけないって思ってるから、勇気を出すことじゃない。」
「あ、」そうかもしれない。生きようと思って生きてきた訳じゃなくて、漠然と死にたくはないとしか思ってなかった気がする。それでも、生きていて良かった、もっと生きたいと思うことも無くはなかった。あれはなんだったんだろう。
「市井さ、もし死ぬとしたらどんな死に方が良い?って言っても、どうせみんないずれ死ぬんだけど。」
「それはなかなか難題だね。でもまあ、月並みだけど老衰かな。病気になって苦しむのは嫌だな。老人ホームに入るのはお金かかる上に、いま介護士足りてないからちょっと微妙な感じはある。けど、家族に迷惑かけたくないから、それなら老人ホーム入る。でもまあ、一番良いのは健康なまま眠るように死にたい。」
「あー、朝起こしに行ったら冷たくなってたみたいなやつね。」
「そう、一〇〇歳の誕生日の前日とかなの。それが。」
「それ九十九歳の時に死んでるじゃん。」
「それが良いんじゃん。あとちょっとだったねーって言って欲しい。」
「まあ、区切りが良いのより悪い方がなぜか記憶に残るしね。」
「そういうこと。で、明石は?」
「崖から落ちるとか、自然の脅威にやられて瞬時に死にたい。」
「はあ、よくわからん。」
「一発で死にたいんだよ。長いこと苦しいのは嫌。でも交通事故で即死、だといろんな人に迷惑がかかるじゃん。だから、それはなし。」
「そうだね、交通事故は良くない。誰かの大事な用事を潰してしまうかもしれない。あと加害者になった人の人生が終わる。そっちこそ生き地獄だわ。あと人身事故も誰かに迷惑がかかるかもしれないから良くないね。」
「そう。だから、己の欲望を完璧に叶えるには、人の力で死ぬのは無理なんよ。」
「ほおー、明石、インドア派だけどな。」
「それ。当分死ねないわ。」
「死ぬな。」
「お前もな。」
「了解。」
話すことがなくなり、一瞬の沈黙が流れた。
「あーあ、全く。まともな死に方すらないのか。この世界は。」
「それじゃない?死ぬのがダメだって思う理由。」
「なるほど。」
明石は再びテレビをつけ、なぜか教育番組を見始めた。理由を聞くと、童心を忘れないようにしたいからだそうだ。どちらかというと親側に近いのに。
教育番組から普通のバラエティ番組に切り替わる頃、呑みに行こうということになった。正直、出かけようという気持ちを用意していなかったので、少し面倒だった。しかし、お菓子にも飽きていたので、普通のご飯を食べることに賛成した。
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