変わらずに変わった
斯波らく
第1話 片付け
この世界を知った人間はみんな、平均を演じている。
世界を知らなかった頃は、自分は天才だと思っていた。でも、世界を知ると、自分は誰かよりも下の存在なんだと気がつく。だから、せめて平均でいようとする。平均でいれば、すごくできる訳でもなく、すごくできない訳でもない存在になれる。それが心地よいのだ。目立たずに生きることで心の平穏を保つことができる。
心の中で思っていることをそのまま誰かに伝えると、「それは普通じゃない」と言われた。普通じゃないと言われるたびに、自分は平均になりきれていないのだと落ち込んだ。そうして、もっと目立たないようにしようと本音を隠す努力をした。平穏な人生を送るためだ。でも今はまだ、平均にはなりきれていないと思う。
本音を言うことで、打ち明けた相手からどう見られるか気になってくる。だから、本音は一部の人にしか打ち明けることができない。逆に言えば、一部の人には打ち明けることができる。一部の人とは、信頼できる人のことだ。それは、家族だったり友達だったり先輩や後輩だったりする、と思う。自分にもそんな人が現れるのだろうか。
この日記は小学五年生の時に書いたものだ。案外、今と考えていることが変わっていない。過去を振り返れば、中学も高校も「そんな人」はいなかった。仲の良い人がいなかった訳ではない。その人たちに、本心を全く打ち明けなかった訳でもない。でも、その全てを遠慮なく打ち明けるには、何かが足りなかった。
こんなことを考えていたら、いつの間にか十四時になっていた。今日は、明石とお菓子パーティーをする約束がある。お菓子パーティーをすることにしたのは、お互いに金欠だからだ。大学生というのは貧乏なものだと決まっている。
明石は、中学時代からの友人である。大学入学を機に一緒に東京に出てきた。高校も大学も別の学校に進学したが、なんだかんだ定期的に会っている。というか、お互いに大学に入って三年も経つのに、それ以外に会う人がいないのだ。東京で友達ができた試しがない。
一度、なぜ友達ができないのか二人で考えたことがある。しかし、その理由はイマイチ判明しなかった。なぜなら、二人とも友達を作ることに関して、全く常識がなかったからだ。友達の作り方をちっとも知らないのに、友達がいない理由を解明できるはずがないのだ。考え始めて三時間後、高校までは部活やクラスがあったから、それでなんとかなっていたのだと気がついた。なんだか悔しくなって、その日は気を紛らわすため、二人でずっと緩衝材のプチプチを潰して過ごした。まあ、そういう仲だ。
明石がうちに来るのは十五時だ。あと一時間。そろそろ部屋の掃除をしなければ。
掃除機をかけるのは楽しい。仕組みはよく分からないが、ほうきと違って掃除機には吸い込む機能がある。あるはずのものが無くなったように見えるのが不思議だ。マジシャンになったみたいな気分が味わえる。部屋が狭くて、すぐに掃除機をかけ終わってしまうのが少し寂しい。
タオルを交換する。タオルには少しこだわりがある。というと、多くの人は手触りについて聞いてくるが、そこではない。デザインが大切なのだ。タオル掛けの性質上、タオルの半分が隠れてしまう。そうすると、全体に一つのデザインが描かれているタオルは使いにくくなる。かけた時、何が描かれているのか判断できなくなるからだ。横割り半分で左右対称のタオルに関しては、隠れてしまった側に申し訳なさを感じてしまう。本来平等であったはずのデザインに優劣をつけてしまう気がするのだ。だから、ワンポイントで刺繍がされているものしか使わない。これなら、デザインが明確な上、最初から正面が決まっているので罪悪感がない。
机の上を整理する。本が三冊も積んである。一冊は、夜寝る前に読む用。他の二冊は、それ以外の時間に読む用である。夜用は、短編集か図鑑に決めている。区切りがつけやすいものにしないと、永遠に読んでしまうからだ。本は汚されたくないので、一度棚にしまう。
飲みかけの白湯がある。もう冷めてしまって、すっかり常温水になっている。起きてすぐ、白湯を飲むのが習慣になっている。これは祖母からの教えだ。便通が良くなるのだそうだ。実際のところは正直よく分かっていない。疲れたので、水を飲んでひとやすみ。椅子がないので、ベッドに腰掛ける。
ベッドの上には、パジャマが散乱している。今は部屋着を着ているが、パジャマはそれとは別にある。一日中家から出ないこともあるので、ずっとパジャマだとゴロゴロしてしまう。だから、気分転換をして時間を有効に使うため、部屋着に着替えるルールを作った。我ながらしっかりしているなと思う。一方パジャマは、夏だとペラペラの生地、冬だとモコモコの生地のものを愛用している。これが気温に合っていて心地良い。ぐっすり寝られるのが良い。散乱したパジャマはきちんと畳んでおく。
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