ハート

@RIN_GOO

第1話

突如として世界各地に現れた巨大な飛行船。それより産み落とされた巨大な未知の'何か'により世界は瞬く間に壊滅を迎えた。



最後に聞いたニュースで、そんなことを言っていた気がする。こうなってからもう何日たったかも覚えていない。ネットは愚か、ラジオでさえも通じない。唯一の楽しみだったネットが使えなくなって少し落ち込んだが、世界が壊滅したならしょうがないか。と、世界が崩壊してもそこまで僕の生活に影響はなかった。


昔から山奥にひっそりと住んでいた僕は他人と関わる事はほとんど無かった。最低限必要な物が出来た時だけ山を降りて、食材などを調達する。それ以外の事はせず山に戻る。それが亡くなった祖父の教えでもあったからだ。


「ニャーお」

「おかえり、チャオ」


唯一の家族であった祖父がいなくなってからは、たまたま住み着いたこの猫だけが僕の家族と呼べる存在になっていた。そろそろ餌が無くなってきた頃か、そう思った時、外から轟音が響いてきた。


急いでドアを開け外を見ると、得体の知れない何かがそこにはあった。周りの地面の様子から察するにものすごい勢いで地面に落下したのだろう。もし生き物だったら命はないな。そう思いながら恐る恐る近寄った。



'それ'は白い人間に見えた。髪は生えておらず服も着ていない。うつ伏せになっていて性別も分からない。


「お、おい!大丈夫か!?」


生きているかは分からないが声をかけ上を向かせる。


その瞬間目が合った。


人間にしては白すぎる肌の中に見える2つの赤い瞳。その目は僕の目を見つめて離そうとしない。少し怖くなり後退りするも足が絡んで尻餅を着いてしまう。

尻と手から伝わる痛みに思考回路が奪われているその一瞬が、起き上がっていた'それ'に気づくのを遅らせた。


「えっ」


驚く間もなく'それ'に押し倒され両肩を捕まれる。振りほどこうとするも人ならざる力で押さえつけられ身動きが取れない。足で蹴り飛ばそうとしても岩のように重く動く気配はない。全てが未知のこの存在に恐怖を覚え目を閉じた瞬間、両耳からかつて味わったことの無い奇妙な感触を覚えた。本能的に目を開けその正体を確かめる。視線を限界まで右に映し徐々に脳が理解し始める。指だ。この謎の存在の指先が自分の耳から侵入して来ているのだと理解した時には既に更なる感覚が身体を襲っており、僕は気を失った。



目を覚ますとそこはいつものベッドの上だった。先程の体験が夢だったと安心するも胸の鼓動は治まらない。悪夢を見るなんて疲れているのだろうか、そう思い横に視線を移すと、夢で見た'それ'がそこにはいた。


「うわぁ!」


驚いて飛び起きるも頭を強打し逃げる気力を失う。


「おう、起きたか」

「んぇ?」


――完全にショートした。

我ながらそこまで長い人生を歩んではいない。だが間違いなく今が最も理解不能な事がおきている。


「よく寝ていると思って起こしはせんかった。じゃが飯はもう冷めとるぞ。」


赤い瞳に白い素肌。艶やかな白い長髪の女性がそこには立っていた。


「誰…」

「…誰と言われてもなあ、わしゃこの星の人間じゃないからのお、別にこれと言った名前はないぞ


'それ'は名前が無いなんて信じられない程流暢に、僕と同じ言葉を話していた


「なんで、僕の言葉が分かるの……」


'それ'は少し驚いた様な顔をした後、笑いながら答えた


「知ってるからじゃ。ずっと前からのお」

「ずっと、前から……?」

「そうじゃとも、お前が産まれるずうっと前から知っておる。」


大体のことは祖父から教わったし、知らないことはネットや本を使って調べた。もともと好奇心旺盛だった僕は、暇さえあれば知らないことを知ろうとしてきた。だからこそ今目の前にいる意味不明で理解不能なこの生き物が何なのか、皆目検討がつかな過ぎて、頭が真っ白になっていた。


「まぁ、とりあえず飯でも食べろ。腹が減ってはなんちゃらって、言うんじゃろ?」


テーブルを見ると、僕が今朝採ってきた山菜と、数日前に狩った豚であろう肉が、見事に調理されていた。


「どうして、それなんだ」


僕はテーブルに歩み寄り料理の前で立ち尽くした。大きめにカットされ、中をくり抜かれた肉と、そこに詰められ、ギュウギュウの山菜。そう、この料理は、祖父の得意料理なのだ。


「どうして……」

「それは、さっき見たんじゃ、お前の頭からのぉ。」


急に嫌な記憶が蘇る。


「お前、やっぱりさっき!」


両耳に触れ異常が無いことを確かめるも、先程の異常な感触が蘇り鳥肌が立つ。僕の不安がる表情を見てまた'それ'は笑いながら口を開いた。


「そう心配するな。あれは挨拶代わりしたことに過ぎん」

「何が挨拶だ!お前!俺の頭に何した!」


記憶には無いが耳から入ったあの指は、どうやら頭まで侵入していたらしい。


「何も、ただ見ただけじゃ、お主の記憶をな」

「記憶……?」

「そうじゃ、お前らこの星の人間には理解出来んかもしれんが、ワシらはこの指先から相手の記憶を覗けるんじゃ。」


そう言って'それ'は指先をこちらに向けたので、僕はとっさに身構えた。


「まぁそう怯えるな、ワシはお前に危害を加えるつもりはない。

「……じゃあ、何が目的なんだよ」

「観光じゃな」

「え?」

「ワシはこの星が好きでなあ、美しい景色と美味い料理。それに面白い人間もいる。だからたまに来ては様子を見ていくんじゃ。」

「へぇ、じゃあこの前の奴らみたいに地球を破壊しに来たって訳じゃないんだな」

「この前の奴らじゃと?」

「僕の記憶で見なかったの?」

「そこは見忘れたかもしれん」

「そんな感じなんだ……」


僕は自分の知っている事をこの宇宙人に話し始めた。数年前にやってきた、謎の巨大な船のこと。それにより破壊されてしまった、僕らの文明のこと。それから僕がこれまでどうやって生きてきたか。その宇宙人は僕の話の邪魔をする事もなく、ただひたすらに悲しげな表情を浮かべ、聞いていた。



「しかし、不味いことになったかもしれんのぉ」

僕が一通り話を終えたあたりで、'それ'はそう呟いた。


「ワシは今回、何者かに乗っていた船を破壊されてしまってのぉ、お前が寝ている間に近くを見て回ったんじゃが見つからんのじゃ」


宇宙人というのはやはり船に乗ってくるようだ。


「前にも似たようなことはあったんじゃが人間に直してもらって帰ったんじゃ」

「そんな人間がいたのか……」

「じゃが人がいないとなるとどうにも出来んからな、ワシは帰らなくなったと言う事かもしれん。」


可哀想な宇宙人だ。ただの観光で訪れただけの別の星で帰れぬ身となってしまったのだ。さぞかし心細いだろう。


「ニャーお」


空いた窓からチャオが帰ってきた。


「どぉこ行ってたんだ、こんな時間に帰ってくるなんて珍しいな」

「お、猫じゃないか、ちょっと貸してみろ」

「え?」


そう言うとそいつは半ば強引にチャオを抱き上げた。


「ちょっとごめんよ」


――まさかと思った時には遅かった。そいつは僕の時と同じように指先をチャオの耳に突っ込んだ。


「おいやめろ!」


僕は急いでそいつの手をチャオから引き剥がそうとした


「離すんじゃ!今抜いたら!」


――またまさかと思った時には遅かった。抜かせてしまった。今やめたらとんでもない事が起こるとでも言おうとしていたところを抜かせてしまった。


「抜いたら……どうなる」

「最悪の場合、死ぬ」

「お前何してくれてんだ!!」

「こっちのセリフじゃ」


なんて事だ。こんなふざけたやつのふざけた行動のせいでチャオが死ぬなんて、最悪だ。


「チャオ、チャオぉ」


涙が溢れてくる。まだまだ猫としての寿命はある筈なのに。潤んだ瞳でチャオを抱き抱える。


「お前……絶対に許さないからな」

「確かに、この猫もお前を慕っていたようだ。悪い事をした。」


あまりの苛立ちにチャオを強く抱きしめてしまったその時、


「痛い痛ぁあい!」

「うぅわ!」

「いでっ」


驚きのあまりチャオを放り投げてしまったが恐らく今聞こえた声は目の前に立っているそいつでは無い。抱えていたチャオの方から聞こえてきた気がした。


「え?」

「え?じゃねえよ、なんでそんな強く抱きしめんだよびっくりしたぁ。」


また理解不能なことが始まった。今のは何だ。チャオが喋ったのか? 人間の言葉を? 宇宙人が人間の言葉を話していた事に驚いたばかりなのに、今度は猫が人間の言葉を話していると言うのだろうか。


「ハッハッハ、これは面白い事になった。」


何も面白くない。もうついていけない。


「チャオ、なのか?」

「あったりめぇだろ、何を今更驚いてんだよ。って、え?! 」


チャオは自分の話している言葉に驚いているのだろうか。何が何だか分からない。


「どうやらチャオは人間の言葉を理解出来るようになったらしい。記憶を覗くつもりじゃったが余計な真似をされたせいで変な所をいじってしまったらしいのぉ」


僕がこれまでに得た常識というのは、ここでは通じない様だ。


「疲れた、寝る」


そう言って僕は強引にも眠りについた。


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