7.ランチタイムに昔話を添えて
そこから数分、私たちは日当たりのいい休憩場所を探して辺りを巡ります。ちょうどいい具合に横倒しになって枯れた木を見つけたので並んで腰かけました。
「これはすごい、ご馳走じゃないか」
「えへへ」
どうぞ、と差し出したのは、昨日の晩から張り切って作ったお弁当の数々です。
野外でも食べやすいように、サラダ菜とパストラミビーフを挟んだパン。片手でつまめるピクルスに作り置きしておいたお惣菜をいくつか。
「エネルギー補給を考えて手軽に食べられるものを考えてみました。お口に合うといいんですけど……」
メインのパンを手に取った隊長さんは、しばらく口を動かしていましたがパッと顔を輝かせてこう言って下さいました。
「美味しい! 参ったな、これでは今後遠征の時に携帯食料が食べられなくなってしまいそうだ」
「あはは」
社交辞令なのかもしれませんが、隊長さんは次々にあっちこっちと食べてくれます。デザートに用意したナッツを摘まむと珍しそうにしげしげと眺めます。
「これは?」
「あ、それはナッツの
「あー、好きか嫌いかで言ったら――」
気恥ずかしそうに頭を掻いていた彼は、チラッとこちらに視線を寄こすと小声で内緒話をするように打ち明けて下さいました。
「……大の男が甘いもの好きなのは、おかしいだろうか?」
「そんなことないですよ」
ニコッと微笑むと、隊長さんは同じように微笑み返してナッツを口に放り込みました。カリコリと嬉しそうに噛み砕きながら手の中の残りを転がしています。
「騎士隊長という立場上、街の中ではつい人目を気にしてしまうんだ」
「私は全然かまわないと思いますけど。むしろ、隊長さんがパフェとか食べてるのを見かけたら親近感を持ってしまうかも……。あ、そうしたらますます人気者になってしまいますね」
ふふ、とお互いに笑い合って穏やかな時間は流れていきます。
森の中は燦々と木漏れ日が落ちて、ゆるやかな風が吹き抜けていきます。ああ、こんな幸せすぎる光景、夢ではないでしょうか。だとしたらずっと覚めなければいいのに。
もっともっと会話を弾ませたくて、私は毎朝見下ろす街並みの光景を思い出します。
「そうだ、甘いものがお好きでしたら、職人通りにある角のケーキ屋さんはご存じですか? ケーキだけじゃなくてクッキーなどもおいしいんですよ」
「それはぜひ食べてみたい。あぁ、君の家の窓から見えるあの緑のひさしの店か?」
「え」
なぜご存じなのかと会話が詰まります。言葉を探しているこちらの疑問が伝わったのでしょう、隊長さんはくすりと笑いながらこう返してきました。
「いつも窓から街を見下ろしているだろう? あそこから街並みを見たらちょうどそう見えるんじゃないかと思って」
「!?」
ば、バレっ……! 隠れていたつもりですのに、ばっちり見つかっているではありませんか!? えっ、じゃあ私の気持ちもとっくに気づいて……!?
「ちっ、ちがいますそれは、その……」
「うん?」
見つかっていないと思っていたのに筒抜けだったことが判明し、気が動転した私は気づけば言わなくてもいいことまであたふたと白状していました。
「た、隊長さんが毎朝詰め所に向かう時に、あの道を通ることに気づいたのでこっそりとっ、あ、いやでも、気づかれていたので全然こっそりじゃなかったんですけどっ」
「それは……私を見ていたのか?」
少し驚いたような顔を向けられ、私はグッと詰まりました。焦って膨らんだ気持ちがポンポンと内側から頭にせりあがってくるようです。ああ、世の中にこんな恥ずかしいことがあるでしょうか。ふーっと深呼吸を一つした私は覚悟を決めました。
「その、ですね、ちょうどいい機会なので、聞いて頂きたいことがあるんですけど、いいですか?」
どうにか率直な気持ちを伝えたくて――せめて影からじっとりと眺めるストーカーだとは思われたくなくて――私は指先を合わせながらぽつりぽつりと話し始めます。
「私、ずっとお礼を言いたかったんです。一年くらい前に隊長さんに助けてもらった事がありました。お父さんのお使いで隣町まで出かけた帰り、乗っていた馬車が盗賊に襲われて……」
***
思い出すと今でも冷や汗が噴き出てくるのですが、私は盗賊の人質にされたことがあります。
その日、隣町でお使いを終えた帰り道でのことでした。乗り合い馬車に揺られながら、うとうととしていた私は突然の急ブレーキに驚いて幌馬車の枠に額をぶつけてしまいました。
ヒヒィンと馬がいななく声が聞こえ、何事かと見回した時、見知らぬ一人の男性がとつぜん小刀を手に乗り込んできます。
『全員外に出ろ! ぐずぐずするな!』
私も含めた乗客たちは、転がるように外へと追い立てられました。さらに悪い事に、外で待ち構えていたのは複数人の盗賊たちでした。彼らは小刀を片手に私たちを取り囲みます。
『さぁ、一人残らず金目の物を出せ! 装飾品もだ!』
抵抗すれば迷いなく刺し殺すと、その目は語っていました。縮みあがった私たちは一斉に荷物の中を探り始めます。
私も震える手でお財布を渡そうとした――その時でした、街道の向こうから馬を駆ってこちらに掛けてくる影があったのです。
私たちは歓声を上げました。そう、慣れ親しんだ街まではあとほんの少しの距離だったのです。おそらく一足先に逃げていた御者の方が、騎士隊を呼びにいって下さったのでしょう。馬に騎乗し駆けつけた彼らが私たちには救世主のように見えました。
『チッ! おいお前、来い!!』
『きゃあ!』
ところがその時、盗賊のリーダーらしき大柄な男がいきなり私の手を乱暴に引っ張りました。私を選んだのは、きっと乗客の中で一番弱そうだったからだと思います。
羽交い絞めにされた私は凶器をあてられ、恐怖で声を出すことすらできませんでした。駆けつけてきた騎士様たちも、そんな状態では手を出すことができません。
『そうだ、それでいい。おいお前らズラかるぞ! お行儀のいい騎士様たちはそこで指くわえて見てな! ハッ、人質さえいれば――』
『悪いが』
背後から響いた声に、盗賊のお頭は私を抱えたままバッと振り返りました。すると驚いた事に、つい先ほどまでそこにいたはずの部下たちが一人残らず地面に倒れているではありませんか。
いつの間に回り込んでいたのでしょう、その真ん中でたった一人立っていた騎士様は、血のついた聖剣をピッと払って言いました。
『騎士道精神にあふれた騎士の中にも、お行儀の悪い奴が一人か二人はいるかもしれないな、覚えておくことだ』
呆然としたお頭の腕の力が一瞬緩みます。いまだ!と、判断した私は、思いっきり下に抜けました。そのまま近寄れずにいた騎士様たちの元へ駆け寄るつもりでした。つもりだったんです。
『っ!!』
あっ、と思った時には遅く、もつれた自分の足に絡まって派手に転んでいました。一瞬おいて理解したお頭の顔が、私を見下ろしてみるみる内に恐ろしい物に変化していきます。
『こん……ガキャぁ!!』
鈍色に冷たく光る武器が振りかぶられ、眼の前に迫ります。覚悟も何も出来ていませんでした。私がここで死んだらお父さんは今日の夕飯をどうするのでしょう。なんて、どこか間の抜けた疑問がふと浮かびます。
その瞬間、私と迫りくる凶器の間に何かが割り込みました。耳に突き刺さる金属音が鳴り響き、反射的に上げた視界に翻るマントが映りました。
『ぐぁぁあッッ!』
獣のような声を上げて、お頭が腕を押さえ膝を着きます。それを合図に、残りの騎士様たちが地面に伸びている盗賊たちに飛び掛かり一網打尽にします。
私はよく状況が呑み込めず、座り込んで呆然としていました。周囲が歓声を上げる中、私を助けて下さったその騎士様は振り向いて笑いました。そして傍らに膝を着くと大きな手で肩を叩いて下さったのです。
『よく頑張った、怪我はないか?』
助かったという安堵感が全身を抱きしめます。暖かなその笑顔がたちまちの内にくしゃりと歪み、私は大きな声を上げて子供のように泣き出したのでした。
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