4.裏人格さん軟化大作戦

 ――性格を丸くする薬。


 以前、乱暴者の旦那さんに困った奥さんが相談しに来た時に考案したレシピです。これを飲んだ旦那さんは自分の行いを客観的に捉えられるようになり、反省して周囲との関係も良好になったとのことです。これさえあれば、きっとあのおっかない裏人格さんも大人しくなるはずです!

 自信たっぷりで気合を入れた私は、いつものように作成の手順を紙にカリカリと書いてまとめていきます。

 材料――よし、器材――よし、手順――よし。このぐらいなら私一人でも十分な品質の物が作れそうです。製作目標期間は余裕をもって二日間。


 レシピ片手に作業を進める私は、拾い出した材料を作業台に端から並べていきます。隊長さんとお知り合いになれて気分が高揚していたのかもしれません、気付けば子供の頃にお母さんと一緒に考えた「ぐるぐるの歌」を、ご機嫌に口ずさんでいました。


「ふふふん、ふふふん、材料のぉ~、使う量は正確にぃ~」


 天井からぶら下げて乾燥させた薬草の束を何種類か。秋口になるとぽろっと取れるウサギの角をすり潰した粉末。不純物を取り除いた蒸留水。それらの分量を間違わないよう、量りを乗せた天秤に乗せて調整していきます。


「ぽぽぽいポポイと入れまして~、釜の温度はトロトロ火~」


 カウンターに置きっぱなしになっていた調合杖を持ってきて、釜の腹の部分にコンッと当てます。すると先端についた魔石が赤く輝き、薪にボッと火が灯りました。先ほど量った材料たちを景気よくポイポイと投げ込んでいきます。


「気持ちを込めてぐーるぐる、錬金術はみんなを幸せにするものよ~」


 煮立ってきたところで、杖の柄の部分を突っ込んでグルグルとかき混ぜます。すると私の中の魔力が杖を通して釜の中へ伝わっていきます。樫の木でできた杖がぼぅっと金色に光り、キラキラとした黄色の光が釜の中へ溶け込んでいくのです。


 『錬金術はみんなを幸せにするもの』。それはお母さんが口癖のように言っていた言葉です。私は隊長さんの嬉しそうな顔を思い浮かべながらじっくり調合していきます。



「できた!」


 お昼過ぎ、ようやく調合の第一段階が完了しました。ですがこれで完成ではありません、ここから数時間置きに煮詰めていかなければなりません。


「あせらず慌てず、じっくりと」


 歌の締めを歌いながら、私は釜に蓋をします。どうかどうか、上手くいきますように。



 ***

 


 そこから三日が経ちましたが、ついにお父さんは帰ってきませんでした。まぁ、あのお父さんの事ですから心配は要らないと思うのですが……。


「よっ、ようこそ、い、い、いらっしゃいました!」


 約束の日の午後、隊長さんが再びお店にお見えになります。

 時間が空いてしまったせいか、私は以前のようにギクシャクとしながらピンと直立します。そんな様子を見た隊長さんは軽く笑いながら店の中に入ってきました。


「例の依頼の進捗を聞きに来た。作業は順調かい?」

「ンもっ、もちろんです! ご覧ください、薬は完成してます!」


 私がバッと手を広げた先には、カウンターの上に乗せられた丸フラスコがありました。

 受け渡し用の台座に乗せられたそれは淡い緑をしており、窓からの光を取り込んでキラキラと輝いています。隊長さんは感心して下さったようで表情を明るくしました。


「早いじゃないか、どういう薬なのか聞いても?」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべていた私は慎重にそのフラスコを台座から持ち上げます。落とすだなんてヘマは絶対しません。


「善良な心を思い出す薬です。飲めばたちどころに性格が丸くなります」

「それはすごい。じゃあ早速試してみよう、飲めばいいのか?」

「……あ」


 笑顔で手を差し出す隊長さんに、私はヘンな声を漏らしてしまいます。何か問題でも?とでも言いたそうな彼に向けて、私は申し訳なくなり打ち明けます。


「あの……これ、本人が飲まないと意味がないんです」

「と、いうことは」


 ああ、やっぱり私はどこか抜けてます。ここに来てようやく難易度の高さに気が付きました。


「裏人格さんを呼び出して飲ませないと……」



 ***



 裏人格さんは『何かが割れる音』をきっかけに表に出て来ると隊長さんは言いました。つまり先日の再現をすればいいのです。

 ギュッと最後の結び目を確認して、私は隊長さんの正面に戻ります。


「隊長さん、痛くないですか、やっぱり少し緩めましょうか?」


 今の彼はお店の椅子に縛り付けられていました。手首は後ろ手に結ばれ、腰も頑丈な紐でグルグル巻き、足首はそれぞれ椅子の足に固定されています。

 いくら事情があるとはいえ、街のヒーローさんを拘束した私はビクビクしながら店の外を伺います。こんなところを誰かに覗かれでもしたらあらぬ誤解を招いてしまいそうです。

 立ち上がれない事を確認していた隊長さんは、縄目に手を伸ばそうとする私を言葉で止めました。


「いいや、ちょうどいい。このぐらいしておかないと、万が一抜け出したら君が危ないだろう」


 危ないという単語にごくりと喉を鳴らします。確かに、あの人は「次に出てきた時こそお前を殺してやる」と、言っていました。用心するに越したことはありません。


「もしそうなったら迷わず逃げてくれ。騎士隊を呼びに行くんだ」

「は、はい」


 細かくコクコクと頷いた私は杖を左手に、そして使っていない欠けたお皿を右手に持ちました。すぅっと息を吸い込んで、えいやっと床に叩きつけます。

 かなり派手な音がしてお皿は割れました。ビクッと跳ねた私は、すぐさま杖を両手で構えます。

 隊長さんも同じく身をすくませました。俯いてしまったので、あの時のように前髪が顔に掛かり表情が見えなくなります。


「た、隊長さん……?」


 震える声で問いかけますと、彼は詰めていた息をふーーっと吐き出しました。そして、顔を上げると困惑した顔つきで首を傾げたのです。


「ダメだな、出てこない。警戒しているんだろうか?」


 その言葉を耳にした瞬間、私はなんだか拍子抜けしてしまって杖にすがりつくようにへたり込みました。

 決して喜んではいけない状況なのですが、正直に言いますと少しだけホッとしてしまったのも事実です。


「仕方ありません、いったん解きますね」

「ああ、何か別の方法を考えないとな」


 立ち上がった私は縄目を解き始めました。あまりにも固く結びすぎたため、作業場から材料を削る用の小さなナイフを持ってきます。


「あ、切れまし――」


 そして最後の手首の縄をブツッと切った瞬間です。手首を掴まれた私はグイッと引き倒され気づけば床にうつ伏せで転がっていました。上にまたがった隊長さんが大きな手で頭を押さえつけます。そして、あの意地悪な声で言ってのけたのです。


「バーカ、こんな単純な演技に引っかかってんじゃねぇよ」

「あ……あああああああ!!」


 事態を理解した私は、思わず大声で叫んでいました。

 間違いありません、これは、この人は裏人格さんです! 騙された事に気づいた私はバタバタと足を動かして暴れます。


「ひどい、ひどいひどい、隊長さんだと思ったのに!」

「騙される方が悪いんだよ」

「いひゃあああああ!!」


 ひっくり返された私はほっぺたを引っ張られてぐにーっと伸ばされます。それを見た裏人格さんはお腹を抱えてゲラゲラと笑い出しました。

 解放された私はよろよろと這い出して床に手を突きます。か、完全に腰が抜けています、走って逃げるなんてとてもじゃありませんがムリです。

 いつ後ろからサックリ殺られるかと覚悟していたのですが、裏人格さんは私なんか興味を失ったとばかりに立ち上がってカウンターのフラスコに手を伸ばしました。


「で、なんだ。こんなもん飲ませて俺を退治しようってか」

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