三幕 検分 けんぶん
「お代官様、もうすぐでございます」
「うむ」
山路の険しさと夏の日差しに、代官はそれしか答えられなかった。
汗がしたたり落ちる。
それでも、この地は平地よりは涼しいはずだ。
(しかし、朝早く支配所を出立してから、もはや夕刻)
人も馬も疲れていた。
痩せぎすの書記官などは、だいぶ前から、もう一言もしゃべらない。
(
代官は気が重かった。
見せしめの意味もある。刑は軽くはできない。そもそも、お上に支持を仰いだら、軽いものになるわけがない。
見渡す山々が、そう唄っているようであった。
(過ちであれ、
それが代官の役目であるから。
そうして、ようやく、代官一行は
「おおお代官様、おお待ちしておりました。みみ
どもりまくっている鈴の音のような声がした。
子供は手に素焼きの
「御一行におかれましては、のどが渇かれたことでしょう」
若者が白い
子供は持たされた
若者は膝をつき、代官に茶碗を両手で捧げた。
代官は喉の渇きには
「
「
「それは感心なことじゃ。――、もう一杯いただけるか?」
代官は水の甘さに驚いて、思わず、お代わりを所望した。
「お連れの方たちも、ささ、どうぞ」
若者に水を勧められて、一行の者たちも、わっと子供と若者を取り囲んだ。
若者は
一行の人数分の茶碗など、どうやって、その薄い着物の袂に入れておけたのか。
子供の持つ
「うまいら~」
「冷てぇ~」
一行は、のどを鳴らして水を飲んだ。
「
若者が聞こえぬ声で云ったのは、そのときだった。
一転にわかに掻き曇り、日差しがなくなった。
そのあとから、空からこんこんと降って来たものがある。
「雪」
まさか、と一行は誰もが目を疑った。
しかし、
「雪、雪だ」
灰色の雲に覆われた空から、きりがなく雪は降ってきた。
寒い。見る間に雪は積もっていく。
みるみる積雪は
代官は何歩か歩もうと試みた。しかし、ずっぽり腰まで雪にうずもれて従者に二人がかりで雪から引きずり出された。
「死んでしまいますッ。われら死んでしまいますッ」
痩せぎすの書記係がカン高い声で叫んだ。
「えぇい、仕方がない。この場で検分いたすぞ」
そう言って、代官が眺めた辺りは、積もる雪で真っ白だった。
証拠の切株は、どこにも見えない。
「雪じゃ」
子供は、スガヌマ君の側で空を見上げていた。
「お前、雪が見えるのか」
『
(どうやら、あの水を飲んだ者と同じ幻惑が
まぁ、時間が経てば醒めるとスガヌマ君は知っているから、気にしない。
「どうじゃ、子供。
その幻惑を寺守りの村の者たちも遠目で
「――
村人たちは皆、涙目で手を合わせた。
「夏でも、このように
雪まみれの代官は、パンと膝を打った。
「――この件については証拠不十分な為、無かったものとする」
代官は言い切った。
「えっ」
一行は震えながら、それでいいんかという顔をした。
でも、一刻も早く、この寒さから逃れたい。
このままいたら
「御意に」
そう言って、すたこら
村人たちは観音さまのおかげと、その年、歌舞伎を奉納して以来、今なおそれを続けているという。
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