二幕 御山 みやま

 思いつめるにも段階があって、ほどほどではスガヌマ君のことはえない。

 だから、えるとしたら、かなりヤバい精神状態の人である。


「あああああやかしなのか」

 子供は、どもりまくっている。

「かも、しれぬ」

 スガヌマ君は、『コワくないよー』という柔らかめな後光ゴコウを放った。

 無自覚だが、子供が絡むとスガヌマ君は評定が甘くなる。


「よよよ良いあやかしなのですね」

「いきなり断定? 大丈夫か、お前」

 ちょっと半眼になったスガヌマ君に、子供はびびった。

「いや、わしが見えるってことは、助けがいる状態であろう?」

 『コワくないよー』の後光ゴコウを、再び放つ。


「おおお御仰せの通りにございます」

 子供は土下座保持だ。

「申してみよ。たいていのことならできるぞ、わしは」

 ちょっとエラそうに、スガヌマ君は上から言った。


「この山の切株を埋めて隠すのをお手伝いください」

 そう言われてみると、子供の後ろの切株が土になりかけの落ち葉などで、どうにか隠されているところだった。

「……ムリ」

 スガヌマ君は一息で答える。

「たいていのこと、できるのではっ」

 子供は非難めいて顔を上げた。

「切株、いくつあると思ってる?」

「ここいらで、とおとお?」

 子供は土まみれの両手を広げて、二度、前に出した。十までしか数えられんらしい。山奥の村育ちなら、できるほうだ。


「おまえ、菩提寺の村の子供か」

 今、御山おやまの切株を隠したいなどと言うのは、あの村の奴らしかいない。果たして、子供はうなずいた。

「一人で来たのか。大人たちは今、観音堂で祈っておるぞ」

「――わ、われは、祈るより。ととにかく何かせねばと」

「ふぅん」

 スガヌマ君は子供に近付いて顔を覗き込んだ。


 子供の目は澄んでいて、うまそうな魂魄こんはくの匂いがした。

「それで切株を隠していたか。浅はかなことよの」

「それでも」

 子供は土だらけの手を膝で握りしめていた。

 草鞋ぞうりを履いた素足も泥にまみれていた。

「何かせねば、と思うたか」

「――」

 子供は唇をかみしめて、うなずいた。

「このような無駄とも思える作業」

「でも、でも、できるかと」

 自分が非力なことを知った子供は嗚咽おえつしはじめた。

「われのせいで、われのせいで」

 ぽろぽろ、子供の目から涙が流れ落ちた。


「木をったのは、大人たちだろう?」

 やれやれといった風情で、スガヌマ君は子供の前にかがみ込む。

「――元々は、われのせいだから。あの日、観音堂にお参りに行って、蠟燭ろうそくの火を倒したのは、われだから」

 子供の涙、その一滴をスガヌマ君は左の手のひらに受けた。

 涙は蒸発する間に、スガヌマ君に過去絵かこえを見せた。


 ようやく歩きはじめたぐらいの子供が、観音堂にいた。何かにつまづいたのだろう、転んで、その拍子に蠟燭ろうそくが倒れた。


(そんなところだろうよ)


「それでも、寺が焼けたのはお前のせいではないだろう。そんなところに、子供を置いていた大人のせきだ」


「むむむ村長むらおささまも、そう言った。その、村長むらおささまが、此度こたび沙汰さたが下ったら斬られちまうって。だから、だから、われはどうにかしなけりゃいけないんだ」

 子供はしゃくりあげながらも、決意の満ちた目でスガヌマ君を見上げた。

「だから、おおおお助け、ください」


「――丸投げじゃなく、できねぇながらも、お前がやろうとしたことは気に入ったよ」

 スガヌマ君はめんどうくさい奴だ。

「よし」

 それから、軽々と子供を右手で抱き上げた。

「このカンノンの従者、スガヌマがお前の祈願、聞き届けようぞ」

「て手伝てつどうて、くれるのかっ」

 ぱっと子供の顔が明るくなる。

「すこぅしばかり、お前の魂魄こんはくをもらうがな」


「こんはく? あぁ、どれほどでも」

 そこだけ子供は、どもりもせずに言い切った。

あやかし相手に、滅多のことを言うものではないぞ」

 スガヌマ君は、乾いた笑みを浮かべた。子供とそのまま御山みやまの向こうの端へ行くことにする。

「手掛かりを貰うた。御領ごりょうの代官のほうを何とかしよう」

 


「川がっ。真上から見るときれいじゃっ」

 子供は、川を上から見たことがなかったから喜んだ。

「ふぅん? そうか?」

 スガヌマ君にとっては、子供のほうがめずらしい。小さなくせに、非力なくせに、澄んだ魂魄こんはくを持つ生き物。


わしらも、実は同じく非力なのだぁ)

 スガヌマ君は、カンノンの言葉を思い出していた。

(だが、信じてくれる者と、あらがう者、二つがあってわしらを動かすぅ)

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