第13話

「あ……」

「あれ……」

身長は見る感じ百五十センチ代。幼児体型というのがピッタリなふんわりした見た目。つぶらな瞳に少しぷくっと膨らんだ唇。

「葵……」

「修也……」

お互いの名前を呼ぶ声が重なった。

「あれ、二人は知り合い?」

小島が聞いてくる。

「まぁ、うん……」

二人ともなんて返すのが正しいかわからなくて、曖昧な返事をする。

「ふ~ん。てか、中入ろうぜ~。ほい、女性陣から」

河田は特に興味を持った素振りはなく、葵たちを店内に導いた。続いて俺達も店内に入る。店内はお洒落なレンガ造りで、ふんわりとチーズや小麦粉の香りが漂っている。

「じゃあ、まずは注文しちゃおうか。何食う?」

小島が女子たちに聞く。

「なににしようかなぁ」

わざとらしく顎に手を当てる女子。可愛い仕草をして俺たちを釣るという魂胆が丸見えだ。

「葵、ピザ食べたい! あとオレンジジュース」

葵は食べたいものを純粋な声で注文する。ピザは置いておいて、オレンジジュースは小さい頃からカフェなど、どこに行っても頼んでいたソフトドリンク。東京に来ても何も変わっていないんだなと思うと、なぜだか少し安心した。

「じゃあ、それで。男性陣は?」

「俺はボンゴレで」

俺は一番好きなパスタを注文する。二人の女子は「ドリンクは?」という顔を浮かべるが、他は俺が水しか飲まないことをしっているから「おけ」と言って自分たちのメニューを選んでいる。

 注文が終わって、全員分のドリンクが届いた。その後、小さな乾杯を終えて自己紹介の時間になった。こういうのはなぜ男子からなんだろうと、小さなことで苛立ってしまう心を鎮めて、適当な自己紹介をする。

「明慶大学経済学部一年の福田修也です。趣味は、読書です。お願いします」

波風立たない自己紹介を終えて、ホッと一息つく。隣の河田の自己紹介が始まったのを確認して、水を喉に流す。コップをテーブルに置いて目の前を見ると、葵が怪訝そうな目で俺を見ていた。葵には全てバレているんだ。読書なんかが趣味ではないことを。そこに対して怒っているんだろう。眉間に微かに皺が寄っている。

「じゃあ次、葵」

「あ、うん」

女子側主催者の声で葵が自己紹介を始めた。口から出てくる情報は、十七年ほど一緒に居たもんだから知らないものは一つもなかった。驚いたことと言えば、葵が大学に入っていたということくらいだ。

「じゃあ、自己紹介も終わったことだし席替えしておしゃべりしよう!」

主催の香織さんがそう言って、いよいよコンパ的なものが始まった。ここからは向かいに座った人と話すみたいな流れになる。俺の前には葵が座っている。

「……」

「……」

お互い、会話の糸口が見つからなくて、目の前に置かれたお冷がみるみるうちに減っていく。

「じゃあ一個ずれよ~」

小島がそう言ったので、ドリンクを持って一つ隣の席にずれる。確か、名前は歩美さんだったな。

「修也君ってさ、本当に彼女いないの?」

「いないよ。そう言う話、全然なくて」

こういう持ち上げ系のことを言われたときの定型文を返し、水を一口含む。

「勿体ないなぁ~。こんなにかっこいいのに」

「いや、そんなことないよ。歩美ちゃんの方こそ可愛いのに」

また定型文を返して話を持たせる。目の前に座る歩美さんは頬を赤らめて、手元のドリンクを少し喉に流した。

 こんな窮屈な会話をもう一セット行って、元の席に戻った。目の前には葵。俺は視線を合わせないように、ずっ手元に視線を落としている。

「あ、私たちちょっとお手洗いに」

「お~。いってら~」

女性陣が行ったのを待って、こっちの作戦会議が始まった。どの子が好みかを共有することで、スムーズに話題を繋ごうというためのものだ。

「俺さ、歩美ちゃん良いわ」

小島が言う。俺の意見は聞かなくてもいいので、河田に視線が向けられる。

「俺は葵ちゃんかな。小柄で可愛いし」

河田が含みのある笑顔を浮かべてそう言う。その時、俺の心の奥がピリピリと音をたてた。

「葵ちゃん、可愛いよなぁ。それに、結構あるじゃん。アレ」

「そ~なんだよな、マジ」

アレの意味は男子ならすぐ分かる。二人の賤しい言葉に、無性に腹が立ってくる。そりゃあ、幼馴染みだからそういう目で見られるのが嫌なのは自分でもわかるんだが、なんかそういうのとは少し違う気がする。腹の奥がぐつぐつと煮えたぎって全身が熱くなる。鼓動が強く、早くなって、胸がぎゅうッと締め付けられる。

「お待たせ~。って、結構な時間たってたんだね」

香織さんがわざとらしく言う。

「ホントだ。じゃあ、二次会でも行く? カラオケとか」

「良いね、行こ!」

ノリノリな五人。その波に乗り切れない俺。

「悪い。俺さ明日朝早いからパス」

いつもなら乗り切らなくても行くけど、今日は特段苦しくてそう言いだした。

「そっか。じゃあしゃ~なしだな。気をつけろよ~」

「おう。またな」

代金だけを払って、俺は小島たちの集団から離れ反対方向に足を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る