第10話

三年生、高校最後の文化祭が幕を閉じた。教室の片付けも終わって、俺は独り、解放されたプールに来ていた。ザラザラとした床に少し懐かしさを感じながら、俺は飛び込み台の上にゆっくりと座った。見上げた空には少しの雲と、小さな星が幾つか浮かんでいる。

「ここで見たんだよな」

物足りない右側を見ながらぽつりと呟く。去年はこの場所で、葵と花火を見た。

 うちの高校は少し特殊なのかもしれないが、文化祭終わりに数十発の花火が上がる。文化祭の準備の労いと、文化祭の大成功を祝うのが目的なんだそうだ。

 一年の時は幼馴染みといるのをいじられるのが嫌で、高瀬達と屋上から花火を見た。男達と見ても面白くないだろうと思っていたけど、誰と見ようが花火は花火で、とても繊細な輝きを放っていたのを覚えている。

 二年の時は、今年も高瀬達と見る約束をしていたのだが、サッカー部が選手権の県予選を勝ち上がり、翌日に準決勝を控えていたため、その予定が崩れた。聞いたときは一人で見るつもりだったのだが、どこから話を聞きつけたのか、葵が俺の所に来て『一緒に見よ!』と楽しそうに言ってきた。一人で花火を見るのもどこか空しい気がしたから、俺は渋々頷いて一緒に花火を見た。その時の花火は――。よく覚えていない。

 物思いにふけていると、空に一筋の光が昇った。小さい蛇行を繰り返しながら昇って行った光は、雲の少し下あたりで姿を消して、夜空に大輪の花を咲かせた。キラキラと輝く花火。その光は、あの日の葵の笑顔のようで、心がグワンと揺れ動いた。

 それから何発も上がる花火。光が昇って花を開き、煙になって夜空に溶ける。美しいものの儚さというのを改めて実感した。

 花火の打ち上げが終わり、ぼちぼち生徒が下校していく中、俺はまだプールサイドに残っていた。花火の余韻に浸っているわけじゃなくて、なんとなくこの場所から動きたくない。まばらな星が浮かぶ空を、タイルの上に寝転がりながら見つめる。

「綺麗なもんだな……」

視界の端の方に夏の大三角が見える。葵のいない日々が、すごくあっさりと過ぎ去っていたんだと星の位置で気づく。一限までの何気ない時間でも、休み時間でも、本当に大したことない時間だったのに、無いと物足りなく感じる。それだけ、俺の側に葵がいたんだと、葵の存在の大きさを思い知らされた。

「もうそろ帰るか……」

人の声もしなくなって、温もりを感じないタイルから起き上がった。静寂の中、季節外れの蝉が、すごく寂しそうに泣いていた。

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