第9話
――あ~、暇
葵がいなくなって二か月。今日は文化祭だ。高校最後の文化祭ということもあり、どのクラスも気合が入っている。フィーリングカップル、メイド喫茶、宝探し迷路などなど、どのクラスも工夫を凝らした出し物をしている。俺のクラスはと言うと、
「こちらに、何の変哲もないトランプがあります」
マジックバーなるものをやっている。提供するのはもちろんソフトドリンク。ウェイターがマジックを披露して、見ている人がタネを見破れたらスイーツをプレゼントするという、よく分からない出し物だ。
というわけで、俺の担当はビラ配り。暇そうな人を見つけては適当にビラを差し出している。
「よかったらどうぞ~」
気の入っていない声で他校生にビラを差し出す。すると、
『そんなんじゃダメでしょ~?』
少し幼い声が聞こえた気がした。
「葵?」
辺りを見回すけど葵の姿はない。葵は背が低いから、少し屈んであの童顔を探すけどやっぱり見つからない。今度は耳を澄まして声を探すけど、どこからも聞こえてこない。
胸が苦しくなった。理由はさっぱり分からない。けど、胸が締め付けられて、途端に呼吸がしづらくなった。
いつも頼りなくてホワホワしているから、人を真剣に見ているという感じがしない葵。それなのに、俺がスキを見て手を抜くと葵はすぐ俺の所に来て『ダメでしょ~?』と頬を膨らませていた。ガキみたいな怒り方で、笑ってしまいそうになるのに何故か葵の言うことを聞いてしまう。
「懐かしいな……」
葵とのあたたかい思い出が蘇ってくる。
一年の時、展示する作品の色塗りをテキトーにやって葵に怒られたこと。
二年の時、演劇の小道具づくりに飽きて中庭でサボって葵に怒られたこと。
良い記憶とは言えないはずなのに、心があったかくなって、やわらかくなる。
「会いたいな……、アイツに」
ふと、そんな言葉が零れた。真意は分からない。なんでそんなことを言ったのか。どうしてそんな気持ちになったのか。自分のことなのに何も分からない。そんな心のモヤモヤの中に、何か丸い輪郭みたいなものが微かに見えた気がした。
「修也! ボーっとしてんなよ」
高瀬の声で現実に引き戻され、俺は小さく『悪い』と言ってビラ配りを再開した。
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