第2話
昔はあんなに広く感じていたのに、高校生になってみればこんなもんかというくらいの公園。葵は背が低いこともあるんだろうが「やっぱり広い公園だね~」と楽しそうに笑って、俺をブランコの所まで引っ張った。
「ほら、修也も乗ろう?」
葵には少し小さいくらいのブランコ。俺には座面に座るよりも立っている方が楽なサイズのブランコ。葵は自分が良いものだと思えば、どんな人にとっても良いものだと考えている節がある。だから、身長差が二十センチもある俺を隣に誘っているんだろう。
「俺はいいよ」
そう返事をした俺を見て、頬を膨らませた葵。葵の誘いを断ると、葵は決まってこの顔をする。昔から進歩がないのだ。
――俺も、そんな風に生きたかったよ。
ふと頭に湧いたこの言葉が、俺の本心なんだと思う。そして、この後悔こそが俺が今日、この世から去ろうとした理由なんだろう。
「じゃあ、ジャングルジムは?」
葵はコロッと表情を変えてジャングルジムを指さす。短くて、少し肉のついた腕。赤ん坊の腕みたいだ。
葵が指を指すのでジャングルジムの方に目をやるが、高さは俺の身長よりも少し高いくらい。正方形の隙間は、肩が挟まってしまいそうなほどに小さい。
「それもいいよ」
また葵は頬を膨らませる。もっと違う感情表現を覚えたほうが良いのではと思えてくる。
「じゃあ鉄棒!」
言わずもがな、腰の高さにある棒。答えはもちろんNOだ。またまた頬を膨らませるだけの葵。いよいよ、この公園にある遊具がなくなってしまった。
「じゃあ、ベンチで話そう」
葵は表情を曇らせて、トボトボとこちらに歩いてきた。
「それくらいなら」
一番近くのベンチの隅の方に腰を下ろした。葵は中央にちょこんと座って、足元に生えているクローバーやシロツメクサを見つめている。
無言のまま、ただ時間が流れる。次第に
「修也。何しようとしてたの……?」
葵が悲しそうに俯きながら訊いてくる。きっと、俺が部屋でやろうとしていたことについてだろう。
「手品の練習ってところかな?」
真正面から答えるわけにはいかないから、ありそうな嘘で葵を騙す。だけど葵もそこまで馬鹿ではなかったみたいだ。立ち上がって、小さな体を出来る限り大きく見せるように胸を張って俺の前に立つ。
「葵。修也にいなくなってほしくないよ……」
今にも泣きだしてしまいそうなほど、目には涙が溜まっている。消え入りそうな声は、確かに俺の耳に入って心の上にそっと乗っかった。
「いなくならないよ。大丈夫」
また嘘を吐いて葵の頭をふわりと撫でる。柔らかくて艶やかな髪質は、小さい頃から全然変わっていない。
「噓つかないでよ。辛いことがあるなら葵に話してよ。頼りないかもしれないけど、いいアドバイスなんて出来ないと思うけど……。独りで抱えるよりはずっと、楽になると思う……」
徐々に小さくなっていく声。確かに頼りない。でも、小さい頃から何も変わっていない葵が、少しだけ大人になったように感じた。
高いだけだった声も少し柔らかくなって、小さいだけだった身長も、たまに大きく見えて。なにより、涙を溜めては零していたのに、今は唇を噛んで、涙が溢れだすのを堪えている。
「葵じゃ、頼りにならないかな」
葵の成長を感じると、どうしてか心が軽くなっていた。人はずっと変わらないものだと思っていたけど、こんなにも変わっているんだって、目の前の葵を見て感じた。
少しふくれっ面の葵。良い空気を壊したんだから当然の表情だ。
「でも、葵にしか話せないんだよな……」
「え?」
葵は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、上目遣いで俺のことを見る。まさか、告白なんてものを期待してるんだろうか。的外れもいいところだが、この言葉は呑み込んでおこう。
「葵はたった一人の幼馴染みだから」
しっかりとした線を引かれたことにがっかりした様子の葵。悲しんでいるのか、怒っているのか、はたまた特に何も感じてないのか。なんとも言えない笑顔を浮かべて、葵は公園の出口に向かって歩き出した。
「今日は修也の家に泊まる! だからお話、聞かせてよ」
大きい声でそんなことを言う葵。高校生にもなって男の部屋に泊まるとか言える葵の神経を疑ってしまうが、それも葵らしいのかと思い小さく笑って頷いた。
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