第1話

 バタンッ!


 眼を瞑った時、大きな音が背後から聞こえてきた。微かに聞こえてくる雑音の中に、誰かの忙しい呼吸が混じっている。柔らかく瞑った目を開けて振り返ると、そこには幼馴染みの木野葵きのあおいが肩で息をしながら立っていた。

「葵。どうしたの?」

持っていたカッターナイフを後ろ手に隠して、いつも通りの声で葵に聞く。葵は息を整えるために大きく三回、深呼吸をしてからピンとまっすぐ立って俺の方をじっと見つめてきた。

修也しゅうや。遊びに行こう! 今から!」

焦った様子の葵。咄嗟に思いついた誘いなのが分かってしまうくらい、葵の目は虚空を彷徨っていた。

「今日は良いかな。やんなきゃいけない課題多いし」

尤もらしい理由を、嘘だとバレないような声で伝える。この状況で、この場に葵がいてはこっちとしては迷惑でしかない。

「今日帰ったら、もう、修也と会えなくなる……。だから、今から!」

俺の言うことを聞こうとしない葵。葵は、カッターを持っていない左手を掴んで、俺を無理やり部屋から連れ出した。

「どこ行くんだよ」

なんやかんやで葵の手を振り払えない俺。葵は昔から放っておくと、どこか知らないところに勝手に行って、迷子になって、そして寂しくなって。その癖に誰にも見つからないような物陰にしゃがみこんで、独りで泣いていた。それを見つけるのはいつも俺で、大きくなるにつれて葵を独りにさせてはいけない、そんな癖がついた。そのせいなんだろうが、今でも葵が外に出るときには俺がいつも隣に居る。今日も無意識にその癖が働いてしまったんだろう。

「う~ん。そうだ! 昔、一緒に遊んだ公園行こう! ブランコに乗って、ジャングルジムに上って、鉄棒しよう!」

幼稚園児と遊んでいるような感覚に襲われながらも、俺は葵に連れられるがまま、昔二人でよく遊んだ小さな公園にやって来た。

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