壱
柱の影から現れた声の持ち主は古めかしい装飾を身体に纏い、長い栗色の髪は後ろで留められている。二十代後半に見えるその女性からは、人ではない強大な力が溢れているのをクンミは即座に感じ取った。
「マジ最っ悪だなあ、おい!」
クンミの口元が引き攣り、顔の筋肉が痙攣する。足元はおぼつかなくなり、背筋に一筋の汗が軌跡を描いた。脳裏に白虎首都イングラムの大図書館で見たデータが再生される。
「オリエンス最古のルシ……ルシ・セツナか!」
「左様。斯く言う貴殿は、白虎ルシ・クンミといったか」
「あたしは女だああああ!」
半ギレであるクンミに対し、セツナは顔色一つ変えることはなかった。
セツナは齢五百を超え、鴎歴357年のオリエンス大戦においてもその姿が確認されている。資料によれば当時、禁呪リヴァイアサンで蒼龍軍を壊滅させ、東に位置するインスマ海岸ごと一度消滅させたとされる。その後、世界協定──パクス・コーデック──が成立されるまで戦いは続き、蒼龍ルシ・コウゲツと、インスマ地方を飲み込んだという、すべての召喚獣を代価なしで召喚できるという召喚士サモナーである。
そのセツナを目の前にし、クンミは平静を装いながら腰に帯刀した小型の剣を取り出した。勝機こそ塵のようなものだが、負けるともクンミは思っていなかった。なぜなら、二人がいる場所は、暗く狭い地下水路だからだ。召喚獣は五メートルを超えるものがほとんどだと聞いている。そんなものを召喚したならば、瓦礫に埋もれてセツナも死ぬだろう。
先に動いたのはクンミだった。短刀を握りしめ、セツナの首元に狙いを定める。
セツナは短刀と寸分違わぬ動きで攻撃を避けきり、何か口ずさむように後方にステップした。
「鳴動するは不可視の空。四海に満ちて刻を告ぐる。
セツナは花のような物を取り出すと、魔法陣を前方に展開した。クンミは焦ったように大きく距離をとる。
「現出せよ、シヴァ」
展開された魔法陣からは青白い光が姿を現した。光は二体の精霊のような形をした召喚獣にメタモルフォーゼしたかと思うと、クンミの両手両足を拘束した。縛り上げられたクンミの手から短刀が零れ落ちる。クンミは嗚咽のような声をひねり出した。
「ちっく……しょう、が……」
為す術のなくなったクンミをセツナは
「ふむ、ルシも元は然し、人か」
セツナはそれから二言、三言感想のようなものを述べると、クンミの顔の輪郭に手を這わせた。
「ひっ……な、なんだよ」
「汝、「朱雀の闇」の境界を欲せぬか」
「な、なにを――」
セツナの目が朱く染まる。セツナの腹部にあると思われる刻印も朱く服越しに輝きだし、そのなかに闇ともいえる漆黒が広がっているのをクンミは否応なく見せられ、意識は眠るように引き込まれた。
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