魔導院解放作戦 序章

祐希ケイト

 鴎歴842年、水の月。

 ミリテス皇国の元帥シド・オールスタインは、皇国軍による朱雀侵攻作戦を敢行。鴎歴448年に締結されたファブラ協定――四つのペリシティリウムは互いに不可侵であるべきという協定――を破る形となった今回の作戦は、蒼龍を中心としたコンゴルディア王国も次期大戦を危惧する事態となった。

シドは第四鋼室が開発したクリスタル・ジャマーを新規投入した移動要塞に搭載し、朱雀領ルブルムを侵攻する裏で、密かに闘技場へと運び入れようとしていた――。


「最っ悪! なんであたしがこんなジメジメした通路通らなきゃいけねえんだよ」


 白虎の乙型ルシ・クンミは、こうべを垂らしながら魔導院ペリシティリウム朱雀の地下水路を徒歩で移動していた。魔法を主流としているためか、地下水路にはほとんど手入れが施されていなかった。こけに足を取られ、クンミは時折壁に手をついては溜め息を漏らした。

 目的地である闘技場にはあと三十六分後にクリスタル・ジャマーを搭載した新型兵器が到着する手筈だった。クンミはそこでルシの能力である「魔導強化」を行い、未完成であるクリスタル・ジャマーを強制的に使用し、朱雀兵の魔法を使えないようにする算段だ。本来ならば、クンミも新型兵器と共に闘技場へ向かうはずだったが、軍神と呼ばれる異世界の魔物を呼び出され、クンミを乗せた移動要塞はあっけなく空中分解してしまった。よって少々作戦を変更し、クンミだけ徒歩で移動することとなったのだった。


「こんな任務、ニンブスの野郎がすりゃあ一発なのによぅ。面倒くせえな」


 独り愚痴をこぼすクンミだったが、彼女はルシに選ばれてからまだ日が経っていないため、人としての感情がまだ消えてはいなかった。

 クンミ自身、なぜルシに選ばれたのかはわからない。しかし、これは好機だとクンミは確信していた。我が元帥閣下、シド様のお力になれる。その想いだけで心は満たされた。シドを父のように慕っていたクンミは、シドに褒められたい、力になりたい……その一心で勉学に励み、ついには白虎の新型兵器開発機関、通称、第四鋼室の研究員にまで上り詰めた。指導者でありながら研究者でもあるシドは、第四鋼室の室長も務めている。これまでよりもっとお近くにいれる、クンミの心にはシドしか映ってなどいなかった。だが――。


「――なんで」


 なんでだろうなあ、とクンミは口に出していた。

 シドの目の前でルシにされたクンミを、シドはいままでのような目では見てくれなかった。近くにいるどころか、実験体や戦闘に駆り出され、心の距離も物理的な距離も遠くなってしまったみたいだ、と寂しく思うようになった。

 あの人の力になれるならと喜んだ時期もあったが、こんなことになるなら――。


「ルシになど、なりたくはなかった」


 カツン、カツン、と闇のなかに足音が響く。

心を読まれたことに驚いたものの、暗い水路の先、声の持ち主の影をクンミは見つけた。

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