第10話 エピローグ!



 さて、王位を逃したイアソンの胸中は察するも憐れ極まりないのですが、メディアは逆に幸せを感じていたようです。というのもここから続く十年の間に二人の男児を産み、良き妻・良き母として小さいながらも幸福な家庭を築いていたからです。恋の矢の力たるや恐ろしいですね。


 この頃のイアソンはというと、コリントス王家に仕える仕事をしていました。元来は王となるべく教育を受けた身で、更にイケメンな上に英雄としての名もあげたのですから注目を集めるのも当然です。コリントス王クレオーンやその娘グラウケー(クレウーサとも)の目を惹き、「メディアさえおらんかったら婿に……」とまでなってしまいました。嫌な空気になってきましたね。


 そんなある日、クレオーン王はイアソンを呼び寄せます。


「なぁ、オマエ……今の家庭を捨ててワシの娘と結婚せぇへんか?」


「な……いやちょっと……マジで?」


 となってしまいました。物心ついたころから王位に就くことだけを心の支えにして艱難辛苦に耐えてきたものの、結局王位を逃して異国で王宮に仕える日々。そんなところへ棚ぼたで王位が転がり込んで来るのです。しかもメディアよりも若く美しい娘が妻に。彼の心は天へと舞い上がるも一気に落ち込みます。我が子の不憫もさることながら、あのメディアが承諾するはずもありません。


 悩む日々の中でクレオーン王に急かされるイアソンは、遂に縁談を承諾し、メディアに切り出します。展開される修羅場。想像するだに恐ろしいですね。いやもう、考えるだけで胃が痛くなります。なにしろメディアはエロスの恋の矢が刺さったままなんですから。

「いや待てや、ワシが王位に就いたら子供らもオマエも今より遙かにええ暮らしが出来るんやで!?」

「何言うとんの! ウチは今のままで十分に幸せなんや!」

 最初のウチは逆上を押さえたメディアでしたが、事もあろうにイアソンは言ってはならない言葉を口にしてしまいます。

「国を出て行くには先立つモンが要るやろ? それなら心配いらへんで?」

 この言葉を聞いたメディアはブッチギレてしまいます。そりゃそうですよね……。しかしそれを胸の内に隠して二人の子供だけはイアソンの元へ残し、自分はコリントスを去る事で同意します。そして残っている衣装の中で最も豪華なを取り出し、内側に毒草を塗りました。更にイアソンが結婚の際に誓いをかけた神々を呼び出して、彼の裏切りと忘恩を散々に責めまくります。魔女は怒らせるもんじゃありませんね……神様まで味方につけちゃいましたよ……。


 メディアは毒薬を塗った衣装を二人の息子に王宮に届けさせます。表向きは二人の子供が少しでも快く迎え入れられるようにと。グラウケーが贈り物の美しさについ袖を通した途端。衣装は猛火に包まれたではありませんか。それも魔術の焔です。悲鳴に駆けつけたクレオーン王も衣装に手を触れた途端に毒に冒されて烈火に包まれ、たちまち命を焼き尽くされてしまいました。


 この知らせを受けたメディアは刃を取ると、二人の息子メルメロスとペレースをSATSUGAIし、そこに駆けつけたイアソンがヘナヘナと崩れ落ちるのを見届けてから、太陽神ヘリオスから有翼のドラゴンが曳く車を授かり天高く飛び去ったと言われています。


 一説には、この子供達はメディアが天に飛び去る際にヘラ様の祭壇に哀願者として残した(哀願者は傷つけてはならないとされていたので)のですが、コリントス人達の手で別の場所に移されてからSATSUGAIされたとも言われています。なんにしてもとばっちりですね……憐れな。


 その後メディアは、前に恩に着せていたアテナイ王アイゲウスの元に赴き、やがて王を惑わし妃の座につきます。とことんタフな女性ですね……。


 その後、テーセウスが初めて父王を訪ねて帰国した際、これを妨害しようと毒杯を与えるも露見し、その後は定かではありません。一説ではアイゲウスとの間に生まれた子メードスを連れてペルシアに逃れ、メディア王家の祖になったとも言われています。また、人知れず故郷のコルキスに戻り、父アイエーテースが兄弟のペルセースによって国を奪われているのを見て、彼をSATSUGAIして父に国を取り戻してやったとも言われています。ちょっと凄すぎませんかね、この魔女さんは。




 さて、登場人物の中でヘラクレスはもちろんヘラクレス座になっていますが、アルゴ号も後にアルゴ座として星座になります。その後「デカ過ぎる」という事でりゅうこつ座・ほ座・とも座・羅針盤座に分割されています。


 そしてカストルとポリュデウケースの二人は双子座となるのですが、それはこの航海の後のことです。かなりガッカリな展開ですが紹介しましょう。


 この航海の後も双子とイーダースとリュンケウス(この二人も兄弟)はつるんでいました。そしてアルカディアからの分捕り品である牛達をどう分配するかでイーダースに任せます。そして出た案が早食い競争。一頭の牝牛を四等分して競い、一位と二位で半分こ……というわけです。分かりやすいですね。一説にはこの時リュンケウスは賛成したものの、双子は反対したと言われています。何故ならこの時既にイーダースは殆ど食べ終わっていたからなんだとか。


 結局イーダースはリュンケウスの分まで一気に食べ尽くし、牛達をメッセーネーに連れて行きます。これで収まらないのが双子達。先回りすると木の洞に隠れて待ち伏せします。が、リュンケウスはアルゴ号でも見張りをしていた千里眼。九マイル先の微かな物も見分ける視力の持ち主です。難なく二人を見つけてしまうのです。もはや透視能力ですね。


 こっそり忍び寄ったイーダースが槍で一撃! 見事カストールを討ち取ります。怒り心頭に発したポリュデウケースの逆襲が始まります。リュンケウスに槍を投げつけてSATSUGAIしたは良かったのですが、イーダースに投げつけられた石が頭に命中して気絶。あわやという時にゼウスが雷霆でイーダースを討ち取ります。


 双子はゼウスとレダの間に生まれたゼウスの子だったのです。そしてゼウス様がポリュデウケースを天に連れて登ろうとしたものの、屍となっている間は不死を得ることを拒んだ(或いはポリュデウケースは元々不死だったとも)ので、ゼウス様は二人を一日おきに神々と人間の間にいることを許したと言います。が、よく分かりませんね、ここは。とにかく二人は後に双子座となるのでした。



                     ――完――



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本当は笑えるギリシャ神話~突撃! イアソン編~ 秋月白兎 @sirius1

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