第8話 いざ凱旋!
さて、アイエーテース王が派遣した船隊はとうとうアルゴ号を見失ってしまいましたが、メディアの弟アプシュルトスが率いる一軍だけは先回りしてアルゴナウタイ一行を待ち構えていました。遂には海上で完全に包囲されてしまうアルゴ号。とうとう観念してしまう勇士達。八方塞がりとはこの事です。
逃れる術とてない勇士達はメディアを引き渡してこの場を逃れようかと相談し始めました。あーあ……。
これを耳にしたメディアは顔色を変えてイアソンを呼び、烈しい言葉でその心変りとと無情さを責めます。そりゃそうですよね、あの誓いは何だったのかという話になります。そして遂に船を焼いて自分も焚死するとまで言い出してしまいました。
「い、いや、ちょっと落ち着こうか、落ち着こう。あのな、そうせんと総力戦になって、ほれ、メディアの弟のアプシュルトスをSATSUGAIする羽目になるかもしれんやん……な?」
なんとも苦しい言い訳ですね。しかしそれが通じるようなら国と父王を裏切るような事はしませんし、魔女とも呼ばれないのです。
ここからはえげつない展開ですので、簡単にまとめられている資料に従います。
メディアは弟を和解するとアルゴ号に呼び寄せ、なんとSATSUGAIして更に八つ裂きにしてしまいます。そして肉片を海にばらまき、船隊が肉片を拾い集めている間に逃げ延びたのでした。アポロドーロスの伝では、アプシュルトスはメディアがアルゴ号に載る時から一緒に乗っており、父王が船隊を率いて追いかけてきて……となっています。
まさに恐怖の作戦ですね。恋は女を変えるとはよく言った物です。とにかくアイエーテース王或いは船隊の乗員は憐れな弟の肉片を集め、帰国して埋葬し、そこをトモイ(ギリシャ語で「引き裂かれたもの」の意)と名付けました。
アルゴ号がエリダノス川の河口に達した時、尚も追ってきたコルキスの船はヘラ様の雷に打たれて追跡を断念。やっとの事で追っ手を振り切ったのでした。
その頃アイエーテース王は怒りに任せてコルキス軍将兵に「何が何でもメディアを連れ戻せ! 出来へんかったらお前らもメディアと同罪にして処したるからな!」と宣言するのでした。とんだとばっちりですね。
そしてお怒りなのは彼だけではありませんでした。それは他ならぬ大神ゼウス様。やはりアプシュルトス虐殺は神の怒りを呼んでしまったのです。アルゴナウタイ一行が来た時とは別のルートで航海し、海峡等の難所を避け黒海から北のダニューブ河を遡り、このエリダノス川(ポー河)に差し掛かったところでゼウス様は大嵐を超したのです。
エリダノス川から北海にでて、そこから地中海に下ってエーゲ海に入る予定だった一行は方向を見失い、方々を彷徨ったあげく、舳先につけたドードーネーの聖木のお告げにより、ゼウス様の怒りを鎮める為にアイアイエー島に住む魔女キルケーの手で罪を清めてもらうことになったのです。この魔女キルケーはオデュッセイアにも登場しますね。
さて、一行はクロニア海を渡ってケルト人の国に立ち寄り、真冬のテュレニア海に入り込み苦闘しますが、なんとかキルケーの元に辿り着きました。キルケーにお願いし、拝み倒して罪を清めてもらうと(お祓いみたいなものでしょうか)海は爽やかに凪ぐのでした。いかに重い罪だったのかという事でしょうか。
キルケーのもてなしを受けてから出航すると、どこからか世にも甘美な歌声が聞こえてきます。そう、あの有名なセイレーン達でした。上半身は乙女、下半身は鳥というファンタジーでもお馴染みのモンスターです。こいつらもオデュッセイアに登場してますね。同じルートを辿っていたんでしょう。
このセイレーン達は楽神の子とも言われ、その美声で船乗りを惑わし、心を奪われた者は船から飛び降り彼女等の元へと泳いで行っては餌食にされると言われています。怖いですね。
アルゴナウタイ一行もこの声に惑わされ、すぐさま船を寄せようとします。ピンチです。しかしここはあの竪琴の人オルフェウスの出番です。一同を制して竪琴を高らかにかき鳴らし、セイレーン達にも劣らぬ美声で対抗するのです。
前代未聞の音楽バトル勃発です。波音を効果音代りに、高く低く奏でられる竪琴。響き渡る歌声。筋肉一筋に生きてきた勇士達も声を失うほどの美声の応酬はどれほど続いたでしょう。遂に片方の歌声が止みました。それはセイレーン達。
アルゴ号が静かに通過すると、セイレーン達は身を投げて果てたと伝えられています。が、後のオデュッセウスの冒険譚にも登場するので他にもセイレーンがいたのか、或いは危ういところで彼女たちは助かったのか……どちらかでしょうね。またこの時、勇士達の中で唯一プーテースだけはセイレーン達の方へ泳いでいってしまい、アフロディーテ様がリリュバイオン(カルタゴの都市)に連れ去ったとも言われています。
セイレーンを退けた後もスキュラやカリュブディス、揺るぎ岩といった、これまたオデュッセウスの冒険譚と同じ難所が待ち構えていました。いずれもヘラ様のご加護で切り抜けます……が、この揺るぎ岩、くる時に切り抜けた打ち合い岩と同じような気がします。それならば「二度と動かなくなった」とあるのですから無害な筈。しかしアポロドーロスの伝によると「その上に大きな火と煙が立ち上っているのが見える浮き岩」とありますので、きっと別の岩なんでしょうね。うん。
こうして太陽神ヘリオスの雄牛が住んでいるトリーナキアー島のそばを通過し、パイアーキア人の島ケルキューラに到着しました。疲れ果てた一行は王宮に迎えられ、しばらく英気を養おうとしましたが、これをしったメディアの父アイエーテース王、或いはコルキスの追っ手の一部が彼等を発見し、引き渡しを要求します。
国王アルキノオスは「二人が既に結ばれとる(意味深)ならもう神様が認めとるんやから諦めぇや。もしまだなら……引き渡したるけどな」と言ってしまいます。そこで王妃アレーテーが先手を打って二人を結ばせてしまいました。メディアにとっては渡りに船。正式に結婚し、コルキス側の要求を突っぱねます。
コルキスの使者はすごすご帰れば命がないので、そのままケルキューラに住み着いたと言うことです。
メディアを正妻として新たな心持ちで出航した一同はまたもや嵐に見舞われました。アポロン様がメランティオス山の頂から海中に矢を射て稲妻を放ったのだとか。何がお気に召さなかったのかは不明です。
アルゴナウタイ一行は近くに島を見つけて投錨し、難を逃れます。その島は思いがけなく現れた(anaphanenai)ので、アナペー(Anaphe)と名付けたとあります。新島の発見までしてたんですね、彼等は。
その島に輝くアポロンの祭壇を建て、供物を捧げた後にお約束の饗宴が始まりました。その際に、パイアーキア人の王妃アレーテーからメディアに与えられた十二人の侍女が主立った勇士達を戯れながら揶揄していたんだとか。そこから今もなお、その地には生け贄に際して女性達が戯談を言う習わしがあるのだそうです。風習まで作ったんですね、勇士達は。
アナペーを発ち、アフリカのシュルティスまで流され、そこからエーゲ海と地中海を分かつクレタ島に立ち寄ろうとした時のことです。青銅人タロスと遭遇してしまいました。はい出ましたタロス。古代ギリシャのロボット兵士! 「青銅の巨人」として映画等では描かれていますが、神話では「青銅人」であって「巨人」とは書かれていません。残念な気がしますが、青銅の体で巨人ではハードルが高すぎてイアソン達が気の毒なくらいです。人間大でいいのかも知れませんね。
このタロスは「青銅族」とも言われ、日に三回島中を駆け巡って番人をしていました。彼が鍛冶の神ヘパイストスからミノス王に送られたと言われています。また一説には青銅人ではなく青銅の雄牛だとも言われているそうです。
そして頸から踵まで伸びている唯一の血脈を持ち、その中には「神血(イーコール:人間にはない神の体に流れる血)」が流れていました。動力源は神様の血液というわけです。そりゃ強い筈ですね。
この踵には青銅の釘が嵌め込まれていて、そこが弱点となっていました。アキレウスみたいですね。このタロスがアルゴ号めがけて石を投げつけてきたというわけです。
このタロスをどうやって攻略するのか? なんとギリシャ神話の原典と言われるアポロドーロスでさえ複数のパターンが載っているのです。列挙すると、「メディアに欺かれて死んだ」「メディアが薬で狂わしめた(一服盛った)」「不死にしてやる約束をして隙をみて踵の釘を抜いて『神血(イーコール)』が全て流れ出て死んだ」「ポイアースに踵を射られて死んだ」と、様々です。なんかもう、メディアが最強な感じになってきてますね。
こうしてタロスを倒し、そこに一夜留まったのち、水の補給でアイギーナに立ち寄った時の事。何故か勇士達の間で水汲み競争が勃発したそうです。子供みたいですね……。結果が伝えられていないのが残念です。
そこからエウボイアとロクリスの間を航海して、全航海を四ヶ月で終え、ようやくイーオルコスに帰還したのでした……が、レムノス島だけで一年近く過ごしていたはずですが、そこは言わないことにしておきましょう。
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