第7話 クエスト達成!

 明くる朝、アイエーテース王は軍神アレス様から贈られた鎧に身を固め、黄金の兜をを戴き、槍と盾を携えてアレスの聖地に臨みます。不測の事態に備えたのでしょうか、完全武装ですね。


 アルゴーの勇士達も思い思いの武器を装備してイアソンと共にやって来ました。イアソンはと言うと、腰には剣、手には槍を持って威風堂々たる落ち着きを示しています。対策済みの余裕なのは内緒です。


 竜の歯は兜の中に収めて準備万端。青銅の犂(すき)を傍らにして立つ姿はアレスのように勇ましく、アポロンのように颯爽たるものだったと伝えられています。イケメンぶりが増してますね。


 いよいよアレスの雄牛が放たれます。早速青銅の足で土を蹴立てて突進! 焔の息を吐き散らしながら突っ込んで来ました! 居並ぶアルゴーの勇士達もさすがに怯む中、イアソンは大地を踏みしめて真正面から受け止めたではありませんか。


 雄牛の焔の息を浴びてもなおたじろぐ事無く、両手で雄牛の角を掴んで押さえ込みます。アイエーテース王と率いる軍勢、更にはアルゴーの勇士達も驚きの声をあげました。アイエーテース王達はイアソンがメディアの協力を得ていた事を知りませんし、勇士達は雄牛の突撃を見た瞬間に「あ、コレはアカンヤツや……」と諦めていたのですから。


 魔力を受けたイアソンは雄牛の攻撃を物ともせず、青銅の犂を取り付けて聖地を耕し始めました。居並ぶ人々の驚きを尻目にこれは気持ちいいでしょうね。


 耕し終えるとイアソンは雄牛に軛をかけて青銅の柱に繋ぎ、尚も暴れ続ける猛牛を投げ飛ばして更に横っ腹を蹴飛ばして大人しくさせました。さすがにやり過ぎにも見えますがそこは神様から授かった牛。そのくらいしないと大人しくならないのでしょう。


 ようやく兜から竜の歯を取り出し播いていきます。この頃にはもう、太陽が中天を過ぎていたといいます。長丁場ですね。


 さぁスパルトイ達がわらわらと湧き出してきました。盾と二叉の槍を引っさげた完全武装の兵士達です。イアソンはすかさずメディアの教えた通りに、大石を彼等の真ん中めがけて投げ、自分は盾の後ろに身を隠します。


 すると話違わず互いに非難し合い同士討ちを始めたではありませんか。美味しい展開ですね。十分に敵の数が減ったところでイアソンは飛びかかり、縦横に剣を振り残った敵を討ち果たしました。こうして土から生まれたスパルトイ達はまた土へと還ったのです。


 大勝利をあげたイアソンとは対照的に大恥をかいてしまったアイエーテース王は不機嫌なままで王宮へと帰り、思案を巡らせます。どう考えても人間に御せる猛牛ではありませんし、スパルトイ対策に至っては間違いなく知っていたとしか思えません。


 となると疑わしいのはメディア。そんな事を知っているのは魔女である彼女くらいしかいませんから。


 何よりも金羊の裘(かわごろも)を与えるつもりなど端っからありはしません。こうなったら全軍をあげて実力行使です。アルゴ号も焼き払い、一人残らずSATSUGAIしようと決心するのでした。


 ピンチですアルゴナウタイ一行。しかしこの時メディアは先回りして、お気に入りの服を着込み魔法の薬草が入った小箱を片手にパーシスの川岸にやって来ました。有能ですね、メディア。


 アルゴ号の篝火(かがりび)を見つけて彼等を呼ぶと、イアソンが声を聞き分けて船を岸に寄せ、メディアを乗船させました。そしてメディアは事情を話して一同を促すのです。


「父王が来る前に森へ行って金羊の裘を手に入れるんや! ドラゴンはウチが眠らせるさかいに! ただ、その代わり……国も父母も何もかも捨てるしかあらへんウチを、絶対に見捨てんといて?」


「おっしゃ分かった! ワシが王位を取り戻したら王妃にしたるで!」


 とまたもや迂闊な約束をしてしまうのでした。前にもレムノス島で同じ約束をしてるんですが……やれやれ、若さ故の過ちというやつは……。


 とにかく決まった以上はグズグズしてはいられません。早速川を遡り、アレスの聖なる森に入って行き、例の大樫を見つけました。すると夜目にも燦然たる黄金の裘(かわごろも)が枝にかかっているではありませんか! やっと見つけることができましたね! しかしまぁ……枝にかけてるというのも雑な気がしますが。


 問題は裘の下で番をしている眠らないと評判のドラゴンです。二人を目にするや猛々しい咆哮ををあげて威嚇してきます。その轟きはコルキス国中に響き渡りました。やばいです。無敵モードが終わってしまっているイアソンはビビりあがるのですが、メディアは呪文を唱えながらドラゴンに近付き、香り高い魔法の粉をふりかけます。更に呪文を唱え続けてドラゴンの頭に薬を塗ると、なんと眠らない筈のドラゴンが眠ったではありませんか! 


 凄いですね、魔法は。ヘラクレスの無敵パワーよりも頼もしいんじゃないでしょうか。


 とにかくやる気を取り戻したイアソンは金羊の裘(かわごろも)をやっと手に取ることができました。裘の輝きを浴びた二人の顔はキラキラと輝くのです。


 イアソンは金羊の裘を肩にかけ、夜が明ける頃に船へと戻ってきました。朝日を受けて燃えるような輝きを発する裘に目を見張る勇士達は、我先にと毛皮を引っ張り合います。子供みたいですね……まぁこれまでの苦難を考えたら無理も無いのかも知れません。


 が、裘(かわごろも)が破れては元も子もありません。一同を制して裘を新しいマントでくるむと、メディアを連れてアルゴ号の艫に座を占めました。後は帰国するだけです。これもすべてこの乙女のおかげ。イアソンの胸中には彼女への愛と感謝があるだけでした……この時は。


 イアソンが剣で艫綱(ともづな)を切り、船は一路イーオルコス目指して川を下ります。


 が、メディアの所業はあっという間にコルキス国中に知れ渡り、アイエーテース王は軍を送り河口で彼等を迎え撃とうとしたのですが間に合わず取り逃がしてしまいます。王の怒りたるや如何ほどののもか……想像するだに怖いですね。権力者様ですし、怒らせるもんじゃないとは思いますが仕方ありません。


 すぐさまアルゴナウタイ一行を追跡する船隊が編成され、即日出港して勇士達の後を追いかけます。しかしアルゴ号はヘラ様のご加護で順風に乗り、速やかな航海を続けていました。三日目には早くもハリュスの河口に着き、ピーネウス(ハルピュイアに苦しめられていた人)に再会します。そして帰路の予言を聞き、今や動かなくなったシュンプレーガデスも通過するのでした。

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