第5話 若気の至り

 翌日、出航した勇士たちはマリアンデューノイの国に到着し、盛大な歓迎を受けるのでした。さてここで異説が多々あるのですが、勇士達はアポロン様に出会い生け贄を捧げます。本物の神様に出会えば勇士達と言えども謙虚になるでしょうね。


 その後アルゴナウタイ一行はサンガリウス川を越え、リュコス(狼の意)が支配するリュキア国に入ります。マリアンデューノイ人の国ではあるようですね。


 が、ここで予言の力を持つイドモスとティーピュスが狩りの最中に猪に負けて他界してしまうのです。イドモスは悪疫のためとも言われていますが、何にせよ遂に犠牲者を出してしまったのでした。


 一行は深く悲しみ、大きな塚を築き長い櫂を墓標とし、以後船の舵はアンカイオスが取る事となりました。


 これで一行は四十五人となってしまいました。まずミュシアの島でヘラクレスとお付き(意味深)のヒュラス、ついでに水夫一人、そしてイドモスとティーピュス。人数が一割減ると一人当たりの負担がかなり増しそうですね。よりによってヘラクレスが抜けてますし……。


 しかし今更引き返すワケにもいきません。アマゾーンの国を超え、風凪のおりには戦神アレスの島に逗留しながら進む中、目指すコルキス国王アイエーテースに忌まれて追い出されたブリークソスの息子アルゴスやメラース達四人と出会い、彼等の案内で遂にカウカソス(コーカサス)山脈がそびえるパーシス河の河口に辿り着いたのです。ここまで来ればコルキスはもう目の前。


 えっちらおっちら櫂を漕いで流れを遡り、夕方には目指すコルキスに上陸しました。取りあえずは手近な港に船を繋ぎ、岸で眠って夜明けを待つのでした。


 さてこの頃、オリュンポスでは神々の会議が開かれていました。神々の女王たるヘラ様&アテナ様はイアソンをご贔屓にしておいでです。故にどうやってイアソンをフォローして金羊の裘(かわごろも)をゲットさせるのか、色々と議論を白熱させていたのです。


 最終的には愛と美の女神アフロディーテ様のに頼んで、その息子エロース(ローマ神話ではクピド。英語読みでキューピッド)の魔法の矢を使うしかない。アイエーテースの娘で魔術に長けたメーディアをイアソンに恋させ、その魔術の力でなんとかさせようという結論に達したのでした。


 早速両神はキュプロス島の神殿にいるアフロディーテ様を訪ねました。


 丁度アフロディーテ様は乳白色の肩先に優雅な金髪をなびかせ、お化粧の最中でした。が、両神を出迎えその話を聞くと(なんやコレ、面倒くっっさいなぁ……断ったろかいな……)と思ったものの、ヘラ様の熱心さに負け、息子のエロースを呼び寄せます。


「ええか、アイエーテースの娘メーディアに黄金の矢を射かけるんや。ほんでイアソンに首ったけのゾッコンの夢中にさせたるんやで。ええな」


 と指示を出したのです。


 エロスはまるで鬼軍曹の命令を受けた新兵のようにすっ飛んでいくのでした。


 やがて夜明けを迎え、パーシスの河岸に眠っていたアルゴナウタイ一行も目を覚まし、朝食の用意をしていた時の事。イアソンが今日の計画について一同の同意を求めたのです。


「なぁ皆、聞いて欲しいんやけど。まずはまともにアイエーテース王に金羊の裘(かわごろも)を要求しようと思うんや。ブリークソスの子息のアルゴスやメラース達四人を連れて。あの裘は今はアイエーテース王のもんやけど、元々ブリークソスのもんやったんやし! それにこっちもクソッタレとは言えペリアース王からの命令っちゅう事になるんやからな。初手から力尽くっちゅうワケにもいかんやろ。まずは交渉や! で、ついてはもう二人ほど一緒に来て欲しいんやけど」


 この下りは単身乗り込んだという説もありますが、コルキスの王女カルキオペーは元ブリークソスの妻でアルゴス達の母親とのことですから、心理作戦というかコネというか、その路線でもアルゴス達と共に行くのがいいでしょうね。


 兎に角ヘラ様の加護の元、無事に王宮に辿り着き広間へと通されました。


 そこにはアイエーテース王と王妃エイデュイア、王子のアプシュルトスが居並ぶ群臣を従えて座についていました。やがて王女のカルキオペーも妹メディアを連れてやってきました。カルキオペーは夫と共に失った息子達に再会し、喜びの涙を流すのでした……って、いやいや。王様と王妃が居て王女がいてその子供達が成人してやって来ていて……一体何歳なんでしょうね、この人達は。


 アポロドーロスによるとブリークソスは元々アイオロス王家の生まれ。不作から逃れる為にゼウスへの生け贄にされそうになったところを母ネペレーに救われ、その際にヘルメスから授かった金毛の羊に乗って空を飛びコルキスに到着。アイエーテース王の客人となり、王女カルキオペーを妻としました。そして金毛の羊を厄除けの神としてゼウスに捧げ、その毛皮をアイエーテース王に贈ったという事です。ややこしい人間関係ですね。


 さて妹メディアの方ですが、彼女は女神ヘカテの巫女をしていました。更に魔術に長けた魔女。並の男では見向きもしませんが、このところ遠いギリシャ本国から四十五人の英雄がやって来たということでコルキスはその噂でもちきりです。更にイアソン達が王宮に乗り込んできて侍女達が騒ぎ伝える話にメディアと言えども気になって仕方がなく、神殿に行く前に来てみたというわけです。


 さぁここでエロスの出番です。姿を消してイアソンの脇に立ち、黄金の矢を弓につがえ、メディアの胸に狙いを定め……黄金の輝き一閃! もちろん人間には見えませんが。


 狙い過たず命中したのを見届けると、悪戯好きな子供の神様は人間には聞こえない笑い声をあげながら、キュプロス島で待つ母神の元へ羽ばたき帰って行きました。


 それどころではないのが当のメディア。イアソンの凜々しい姿から目を逸らす事ができず、胸の高鳴りを押さえる事も叶わず、神の手による恋心に翻弄されるのでした。


 それと正反対なのがアイエーテース王。引見した彼はまずブリークソスの子らの帰国をなじり、イアソンの要求についてはにべもなくはねつけました。まぁ彼にしてみれば唐突過ぎる話でしょうね。


 イアソンも簡単に引き下がるわけにはいきません。神々の後裔である自分の素性と、神々の加護によってこの国にやってきた次第を語り、重ねて金羊の裘を要求しました……が、この人の家系を調べても神様の血は流れてなさそうなんですが……かなり遠回りに流れてるんでしょうかね。言ったもん勝ちなんでしょうけど。


 とにかく相手が神様を味方につけているとなっては迂闊な事はできません。慎重に断るのが賢明です。


「おっしゃ分かった! けどな、あれはこの国にとって大事なもんや。せやから条件付きや。ワシの厩に軍神アレスの持ちもんやったでかい牛がおる。こいつは青銅の足で口から火を噴く化け物や。こいつに軛をつけてアレスの聖地を耕すんや。で、そこへワシが渡す竜の歯を播くんや。そしたら武装した兵士が地面から湧いてくる。そいつらを全員討ち果たせ! それが出来たら金羊の裘をやるわ!」


 さぁ無理難題です。そんなとんでもない牛がいようとは。ヘパイストスの贈り物とも言われ、しかも伝によっては二頭いたとも言われています。さらに竜の歯はかつてカドモス王が竜をSATSUGAIした時にアテナ様の言うとおりに播いたら武装した兵士が現れ、「スパルトイ(播かれたる者)」と呼んだという代物。アテナ様から貰ったとも言われていますが。とにかくいきなりそんなことをやれと言われても……となるのが普通です。


 しかしイアソンは「やる」以外の返事が出来ない境遇。


「おお、やったるわ! やったらええんやろ! そんかわり、出来たら絶対に裘は貰うで!」


「おっしゃ言うたな! 絶対にやって貰うで! 出来るもんならな! ダーッハハハハ!」


 困った事になりました。若気の至りというか勢いだけと言うか運命の悪戯と言うか、とにかく無理無茶無謀を承知の上で挑戦です。正直なところ勝ち目など欠片もありません。これにはイアソンも頭を抱えてしまいました。アイエーテース王が自分の死を企んでいるのも明白です。ここまで来て王位の望みも空しく、化け物牛にSATSUGAIされて異国の土となり果てるのか……。

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