第4話 ハルピュイア退治!

 辿り着いたのはビテューニアのとある島。住んでいたのはピーネウスという盲目の男でした。彼は元々トラキア地方のサルミュデッソスという国の王様でしたが、アポロン様から予言の力を授けられたのをいい事にやたらめったら予言しまくりました。遂にはゼウス様の取り決めまで人間に語ってしまったという罪で神々の怒りを蒙り、両目を潰され王位も失い、この海岸で貧しく暮らしているのでした。


 更には神の遣わす怪鳥ハルピュイア(ファンタジーでお馴染みのハーピー)が食事の度に襲撃して来るという災難に遭っているというのでした。自業自得とは言え気の毒ですね、これは。


 ところがある夜、ゼウス大神のお告げがあったと言うのです。


「ぼちぼちアルゴナウタイの一行がやって来るで! そいつらに助けてもらうんや! 特に北風の神ポレアースの息子らがハルピュイアを追い払うで! そいつらはおんどれの前妻の息子やからな! そしたらお前は救われるで!」


 と啓示を受けたのでした。明くる朝、目を覚まし不自由な体に鞭打って海岸に出ると、お告げの通りに勇士達がいるではありませんか! これはもう間違いないと勇士達を粗末な家に招き入れ、事の次第を話し助けを求めました。


 一行は彼に同情を示しましたが、特にお告げに登場した「ポレアースの息子」であるゼーテースとカライスはピーネウスを殊に優しく慰めました。自分達の血縁となれば猶更に同情するものです。


 するとどうでしょう、閉ざされていたピーネウスの両目がぱっと開き、光を取り戻したではありませんか! まさに神の奇跡です。夢ではないかと驚いたピーネウスは口早にその喜びを述べて神々を讃えました。良かったですね。しかしまだ喜ぶには早すぎます。ハルピュイア退治が残っていますからね。


 取りあえずは腹ごしらえと用意された食事に手を伸ばしたその時。激しい羽ばたきが聞こえたと思うと三羽の怪鳥が雲間から舞い降り襲い掛かって来たではありませんか。


 女面鳥身のハルピュイア達は食卓を散々に食い荒らして飛び去ってしまいました。後には言いようのない悪臭が……。酷いですね。もうちょっとマシなヤツかと思っていましたが。


 怒り心頭に発したゼーテースとカライスは剣を抜き翼を広げて飛び立ちました。そう、北風の神の息子である彼等は翼を持ち大空を自由に飛べるのです。人材豊富にも程がありますね。ほとんど天狗ですこの二人。


 さぁここからギリシャ神話でも珍しい空中戦の始まりです。ポレアースの息子達が全力で飛びますが、ハルピュイア達もさるもの、中々追いつけません。それもその筈、ハルピュイア達は虹の女神イリスの姉妹でありゼウス大神の遣わしめでもあるのですから。それにしては悪臭だのなんだのと酷いですね……。


 とにかくゼーテースとカライスは獲物を追う猟犬の如く空を駆け追いすがり、一度は間合いに捉えて斬り付けますが惜しい所で逃してしまいます。


 歯噛みしながらも更に追い詰めていくうちに、とうとう一羽の怪鳥は力尽きてティグレース川(チグリス川)に落ちてしまいました。その時虹の女神イリスが現れ、「もうこいつらは何もせえへんから」と二人を止め、一件落着となったのです。イリス様がそう仰るなら間違いありませんからね。


 この間にピーネウスの館(と言えるかどうかは疑問ですが)で怪鳥に悩まされる事のない夕餉が始まりました。ピーネウスにとっては久し振りの穏やかな、そして賑やかな食卓です。同席しているアルゴナウタイの一行は肉と葡萄酒を腹に収めていきます。


 ゼーテース達を待つ間にピーネウスはこれからの行程と難所、そして対策を教えるのでした。


 この国を出帆して最初に出逢う難所はシュンプレーガデスと呼ばれる青黒い二つの向かい合う大岩の間の瀬で、打ち合い巌というもの。今まで誰一人としてここを通過できた者はおらず、この大岩は根元が海底に結びついていないので絶え間なく揺れてぶつかり合うのだと。


 これに挟まれてしまえば船はひとたまりもありません。ここを乗り越えるにはまず白い鳩を飛ばし、鳩が通過できたところで一気に通過するしかないと教えました。もしも鳩が通過できなかったら、アルゴ号とて鉄の船ではないのだからやめておけと無難なアドバイスまでしてくれるのです。老人は安全対策バッチリですね。アルゴナウタイの一行なら運を天に任せてとにかく突撃してしまいそうです。と言うかこれ、オデュッセイアにも出てきてましたね。オデュッセウス達はこの岩自体を迂回してやり過ごしてましたが……つっこまない方がいいみたいです。


 ここさえ通過してしまえば黒海は横断できたも同然で、そこからピテューニアの陸地を右手に眺めながら航海を続け、やがてマリアンデューノイの国をはじめいくつかの国々を通ってパーシスの河口に着きます。その河を遡ればもうコルキス! 


 というワケです。「もうコルキス」と言うには長い旅程な気もしますがとにかく全行程がやっと見えてきました。


 更にピーネウスはコルキス国王アイエーテースの事や樫の木に懸かっている金羊の裘の事、それを守るドラゴンの事も話し、彼等に与えられるアフロディーテ様の神助を予言しました。例の夢に出てきたゼウス大神のお告げにあったんでしょう。もはや彼が天界の意思を知る術はありませんから。


 こうしてアルゴナウタイの一行は彼の話に耳を傾け、語り終えても誰一人として言葉を発しませんでした。そりゃぁ謎の岩やドラゴンが待ち構えているとなれば仕方ありませんね。


 やがてイアソンが重い空気を破り、彼の予言に礼を述べた上で様々な質問を投げかけました。


 この時になってハルピュイアを追っていたゼーテース達が戻ってきて闘いの模様を語り、ピーネウスに向かって「もう大丈夫やで! 二度とハルピュイアに襲われる事はあらへんから!」と告げました。これにはピーネウスも大喜びです。良かったですね。


 こうしているうちに夜が明け、アルゴナウタイの一行は浜辺に下りて生贄を屠り、神々に前途の安らかな航海を祈りました。いちいち残酷ですが、当時は仕方ありません。


 ピーネウスからの贈物と一羽の白い鳩を積み込んでこの国を出発しました。


 彼等の生贄を嘉したアテナ様が送る風に乗ってアルゴ号は矢のように進みます。流石は神様の風ですね、あっという間にシュンプレーガデス付近まで到着しました。近付くにつれ、岩がぶつかる轟音、砕ける大波の響きが乗組員の鼓膜を震わせます。


 勇士の一人でポセイドンの息子エウペーモスが頃合いを見計らい、震える鳩を放ちました。


 鳩は一直線にシュンプレーガデスに向かって飛んでいきます。固唾をのんで行方を見守る勇士達。鳩が近付くに合わせて二つの大岩は嵐の黒雲さながらに近付き、落雷を思わせる爆音を轟かせて衝突しました。大波が逆巻きあたり一円の水面は真っ白に泡立ちます。


 鳩の運命や如何に!


 見ると波間に鳩の白い尾羽が一枚浮いているではありませんか。鳩は無事に通り抜けたのです。良かったですね! いや喜んでいる場合ではありません。勇士達はチャンスを逃すまいと一斉に櫂を取り、舵取りティーピュスの号令に合わせて全力で漕ぎまくります。


 すると一旦は退いた大岩が再び迫って来るではありませんか。サイクルが早すぎます。何者かの、或いは大岩自身の意思でこの船を挟み込もうとしているのでしょうか。迫る大岩! 駆け抜けるアルゴ号! 鳴り響く爆音! 白波を切り裂き現れたアルゴ号! からくも船尾のしるし(旗の事か?)を千切られただけで切り抜けたのでした。いやー危なかったですね。冷や汗ものです。


 安堵した一行が振り返ると、シュンプレーガデスがあまりの烈しさで打ち合ったためか動かなくなっていました。この時以来、一度も船を通さなかった打ち合い岩は人々に災いをしなくなったそうです……って、後々オデュッセイアで難所として出て来てるんですけど。アルゴナウタイの一行にはアキレウスの父親ペーレウスがいますから、明らかにオデュッセイアの前の筈なんですが……気にしない事にします。


 アルゴナウタイ一行が無事にこの難所を通過した事を確かめたアテナ様は、更に一陣の風を送って船足を速めるとオリュンポス山にご帰還なさいました。


 この日はレーバースの河口までたどり着き、勇士たちは夜を迎えると森の中でオルフェウスの竪琴に合わせてアポロンの賛歌を歌いどんちゃん騒ぎを繰り広げるのでした。

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