第3話ヘラクレスーー!



 ちなみに出航後、島の女性たちは勝利の雄叫びを上げたとも言われています。絶滅の危機を乗り越えたのですからそりゃそうですよね。この時既にあちこちで出産が始まっていたという話もありますし……いずれにしても怖いですね。


 航海を続ける一行はヘレスポントスの海峡を越えてドリオニアの国に寄港しました。キュジコス王に歓迎されたのはよかったのですが、出航した後に十二日間にも及ぶ大嵐に遭い、十三日目の夜にやっと何処かの岸辺に船掛かりして休む事が出来ました。なんか象徴的ですね。


 この夜、イアソンは神のお告げを受け、ディンデュモンの山に登り、祈りを捧げて嵐を鎮める事が出来ました。あの舳先の樫材からでしょうか。山頂からは遥か彼方にミューシアの緑の丘、トラキアの海岸線、ポスポロスの海峡を望見できたそうです。絶景ですね。


 或いは船掛かりした夜、風に流されてドリアオニアに漂着しており、キュジコス王が他国の侵略と勘違いして攻めてきてアルゴナウタイはこれに応戦。キュジコス王を討ち取ってしまい、翌朝になっって過ちを知り、髪を切り懺悔して、王の葬儀を盛大に行ってから出航したとも伝えられています。無駄に強過ぎたんでしょうね、こいつらは。


 次に寄港したのはキオスという島。ここで飲用水を補給するために上陸したのです。水汲みに参加した中の一人にヘラクレスの従者ヒュラースがいました。この頃ヘラクレスは「少年愛」にハマっており、その相手がこのヒュラースでした。流石はゼウスの血筋……ですね。


 さてヒュラースが青銅の水差しを携えて森の中に入り、綺麗な泉を見つけて水を汲もうとした時の事です。泉のニンフがヒュラースの美少年ぶりに一目惚れしてしまい、水底に引きずり込んでしまったのです。


 悲鳴を聞きつけた仲間の一人が駆け付けた時にはもう、少年の姿は何処にもありませんでした。知らせを聞いたヘラクレスは嘆き悲しみ、ヒュラースを探し続けました。どうしても諦めきれないヘラクレスはただひたすらに、いつまでも少年を探し続けます。


 仲間の仲間という事で待ち続けていた一行も出航が遅れるのは困ります。というかまぁ……そっちの趣味はない人ばっかりだったんでしょうね。


 イアソンは「あのヘラクレスなんやから」と仲間の不平を抑えて辛抱強く待ち続けます。もしかすると彼はそっちに理解があったのかもしれませんね。ですが、とうとう舵取りのティーピュスやゼーテース、カライス達に説き伏せられて出航する事ととなりました。その夜は一晩中強風が吹き荒れたそうです。これまた象徴的ですね。


 その後、ヘラクレスはどうしてもヒュラースを見つけられず、意気消沈して故国へ帰還したとも言われています。


 さて、ヘラクレスの存在が一行から忘れられ、屈強な男達は櫂を合わせ、沿岸の絶景を眺めながら朝の光を受けて輝く海を進んでいきました。


 次に辿り着いたのはビテューニアのベブリューケス(ベブリュクス)人の国。何処なのかよく分からないので気にしないことにしておきます。兎に角この国の王はアミュコス。なんとポセイドンの子で、力自慢はいいのですが「あらゆる旅人はワシとボクシングの試合をせんとアカンのやで! ほんでワシに負けた奴は奴◯になるか死刑になるか、好きな方を選ぶんや!」という無茶な法律を作っていたのでした。しかもこのアミュコスはポセイドンの子と言うだけあって負け知らずでした。


 あらゆる旅人となると相当な人数でしょうに……暇な王様も居たものですね。しかし、どれだけ暇人と言えど王様は王様ですし法律は法律です。アルゴナウタイといえど従わねばなりません。が、ただでは従わないのが勇士たる所以。ボクシングの名手ポリュデウケース(ポルックス)が我こそはとばかりに立ち上がったのです。


「おっしゃ、ワシに任せんかい! オラ王様、ワシが思い知らせたるで! かかってこんかい!」


 とレムノス島で贈られたマントを脱ぎ捨て、拳に牛の生皮をしっかりと巻きつけてスタンバイ完了。ややえげつない装備ですが、この頃はまだ現代のようなグローブが無かったであろうことは疑いありません。


 一同が見守る中、試合開始。序盤の睨み合いでアミュコスは相手の力量を悟ってしまい戦意喪失してしまいます。が、王様としての立場もあり、今更逃げる事も出来ません。ヤケクソで殴りかかるも見事に躱されカウンターをぶち込まれて顎と歯を折られてしまいます。


 吐き出される血と折られた歯。休む暇も与えずポリュデウケースの右フックがアミュコス王のこめかみに直撃します。暴君が膝から崩れ落ちると、ベブリューケス人達は主君の仇とばかりに武器を振りかざしてポリュデウケースに襲い掛かってきました。暴君なのに……もしかしたら暴君の下でいい目を見ていたのかもしれませんね。


 アルゴナウタイの一行も応戦します。多勢に無勢と言えども一騎当千の勇士達です。弱者を虐げる事しかしていなかった連中など敵ではありません。羊の群れを襲う狼の如く、煙で追い払われる蜜蜂の如く薙ぎ払われ、烈しい血闘の末に皆殺しにしてしまうのでした。


 勇士達は平然と武器を収め、神々に生贄を捧げて夕餉をしたためました。ベブリューケスの皆さんが生贄になってしまったような気がしないでもありませんが……。


 食後、オルフェウスの竪琴に合わせてゼウス大神を称える歌を歌い、神々に祈りを捧げ、置き去りにしたヘラクレスを偲びながら海辺で一夜を送るのでした。ヘラクレスに関しては自分達のせいなんですが、心配はしていないでしょうね、絶対に。ヘラクレスならどんな事態に陥ろうとも必ず何とかしちゃうでしょうし。


 翌朝、勇士達は帆を上げ、微風を味方に付けながら櫂を漕ぎ、波の荒いポスポロス海峡を目指して進みます。その日の夕刻には黒海に程近い島に辿り着く事ができました。



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