第11話 迷走
それでも俺は「恋」という感情を手に入れてみたくて、自分への禁を破り、同じ高校の同学年の女子生徒の告白を受け入れてみた。
上野美香子は女子バレーボール部に入っていて、明るくあっけらかんとした性格をしていた。
スポーツをしているだけあって、向上心もあるし、大人数をまとめる包容力も持っている。
嫉妬で縛られる心配もなさそうだし、少し気の強そうな一重まぶたの目も嫌いじゃない。
またスポーツをやっている者同士、通じ合えるなにかがあるような気がした。
何回か部活終わりに一緒に帰り、お互いの部活の話をした。
通学路を二人で並んで帰っている途中、突然上野美香子がスマホをかざし、無理やり俺の写真を撮った。
「は?何してんの?」
「鹿内君の写真をお守りにしたいの。ね、いいでしょ?私、彼女なんだし。」
「・・・勝手にすれば?」
本当は写真を撮られるのが嫌いな俺だが、付き合い始めだし、多少の我儘は許してやらなければならないと思った。
しかし写真を撮るときは相手に聞くのが最低限のマナーだろ?と軽い違和感を覚えた。
次の日、上野美香子は嬉しそうにスマホの画面を振り回した。
「鹿内君の写真、友達に見せたら羨ましがられちゃった!」
・・・お守りにするんじゃなかったのかよ。
俺はただ呆れて何も言えなかった。
「鹿内君とどこかに行きたいな!」
そう言ってきたのは上野美香子の方からだった。
デートと言えばメシを食うのが定番だと思い、何か食べたいものがあるかと聞いたらなんでもいいという答えが返ってきた。
そのとき俺はラーメンが食べたい気分だったので、部活帰りに待ち合わせしてお気に入りのラーメン屋へ誘った。
その店は外観こそくたびれているが、出汁を長い時間煮込んで作るスープとコシのある麺が最高に美味しい隠れ名店だった。
「上野。部活でハラ減っているだろ?美味いから食えよ。お代わり自由だぜ。」
しかし美香子は黙り込んだまま、ラーメンの箸に手を付けようとしない。
俺が不思議に思いながら豚骨ラーメンを食っていると、上野美香子がつぶやいた。
「こんなのデートじゃない・・・。」
「は?」
「デートってもっとキラキラしたところで、するものでしょ?
お洒落なカフェとか、可愛い雑貨屋さんに行ったりして。
こんなところじゃインスタにも載せられないし、友達に自慢も出来ないじゃない!」
何を言っているのかわからなかった。
だったら最初からそう言えばいいじゃねーか。
どこでもいいと言ったのはお前の方じゃねーか。
俺と付き合いたかったのは、友達に自慢したいからなのかよ。
器が小さいと言われればそれまでだが、俺の我慢は限界を突破した。
言いたい言葉を飲み込んで、俺は席を立った。
「俺、先帰るわ。今度、別の誰かとお洒落なカフェでも行けば?」
そこで上野美香子との付き合いは終った。
ラインのメッセージが何通か来ていたが、全部無視した。
こういうヤツは女うんぬんより、人間として嫌いだと思った。
2週間も持たなかったから、終ったというか始まってもいなかったのだが。
年上、同学年との経験はあったから、今度は下級生と付き合ってみようと思った。
なかば自棄になっていた。
こうなるとゲームのキャラクターをコンプリートするような感覚だった。
一学年下の委員会が一緒の加茂野真弓という女子生徒にラブレターを貰ったので、付き合ってみることにした。学年では男子から一番人気だというルックスはそれなりに可愛かった。
加茂野真弓は大人しく、俺の言うことや、やることに素直に従う女だった。
ラーメン屋にも牛丼屋にも文句言わず付いて来て「美味しいね」と頷いてくれた。
この子となら上手く交際が続けられそうだと思った。
しかし加茂野真弓には自分というものがなかった。
俺がいいというものはイエスといい、嫌いだというものは自分もノーだという。
ラインも俺が書いたメッセージをおうむ返しに返すだけ。
まるで壁打ちテニスをしているようだ。
けれど部活が終わるまで遅くまで待っていてくれたり、昼休みには美味しい弁当を作ってきてくれたり、献身的な行動にこちらも答えなければと思った。
それはちょっとした義務感を伴った。
それに俺はけっこう忙しい。
野球部には朝練があり、放課後も毎日のように練習がある。
休みの日には他校との親善試合がある週もあるし、たまには男友達とファーストフードでだべりたいときもある。学校の授業の予習復習、読みたい本や観たい映画。
独りでやりたいことは山ほどあった。
加茂野真弓とのライン交換も、だんだん間隔が空くようになっていった。
それでもないがしろにしているつもりはなかった。
朝のおはようの挨拶と、夜のお休みのメッセージは必ず送るようにしていた。
久しぶりに加茂野真弓とふたりで会ったのは、最後に会った日から3週間が経っていた。
上野美香子と付き合った時に学んだ、ファーストフード店やラーメン屋といった男友達と行くような店でのデートは避け、犬のイラストが額縁にかかっているような、女子が好きそうな雑貨屋とカフェがコラボしたお洒落な店を選んだ。
「元気?」
俺の言葉に加茂野真弓は俺の顔をじっと見ながら、ぽろぽろと涙を流し始める。
おれは突然の加茂野真弓の涙の意味がまったくわからず、ただ茫然と加茂野真弓がハンカチで涙目をこする姿を見ていることしか出来なかった。
「・・・どうした?何か嫌なことでもあったのか?」
俺は出来る限りの優しい声でそう尋ねた。
しかし加茂野真弓は大粒の涙を流しながら、いつまでも泣き止まない。
カフェの店員が早く注文をして欲しいという目で、銀色のお盆を持ちながら俺達のほうをちらっと見た。
「とりあえず何か飲み物頼もうぜ。」
加茂野真弓はまだ泣きながらも、頷いた。
俺が店員に向かって手を上げると、興味しんしんといった顔でその若い男の店員が注文を取りに来た。
「・・・俺はアイスコーヒーで。・・・加茂野は?」
「・・・・・・。」
何も言わないので、勝手にオレンジジュースを頼んだ。
この意味のない空白の時間に、俺はため息を三回ついた。
やっと飲み物がテーブルに置かれ、俺はアイスコーヒーをストローで一口飲んだ。
俺はイライラした口調で加茂野真弓に言った。
「なにか喋ったら?言いたいことがあれば言えよ。」
「・・・淋しいです。」
加茂野真弓はやっと重い口を開いた。
「は?」
「私達って本当に付き合っているんですか?」
「付き合っているからここでこうして会っているんだろ?」
貴重な休みを使ってここに来ているというのに、何の不満があるというのだろうか?
「不安なんです・・・本当に鹿内先輩が私のこと好きなのかなって。」
「・・・嫌いならこうしてないよ。」
本当はここで好きだと言えればよかったのだが、正直これが好きという気持ちなのか、俺にもよくわからなかった。
「ラインの内容も、こうして会っていてもそっけないし。
私が泣いている理由も察して欲しかったです。」
「何のために口がついているんだよ。
俺はエスパーじゃないんだからさ。
思っていることを言ってくれなきゃ何もわからない。」
「彼女が何を想っているのかを考えてくれるのが、彼氏っていうものなんじゃないですか?」
だったら俺が疲れていても、必ずラインの挨拶を欠かさない気持ちも考えてくれよ。
そう思ったがひとまずここは、俺が折れることにした。
「ごめん。悪かったよ。もう少し加茂野のことを考える様にする。」
俺がそう言って謝っているのに、加茂野真弓は下を向き、スマホでメッセージを打っていた。
「なにしてんの?」
俺が聞くと加茂野真弓はその日初めての笑顔を見せた。
「気になりますか?」
「は?別に。」
「そうですか。」
それだけ言って、加茂野真弓は椅子から立ち上がると、せっかく頼んだオレンジジュースを一口も飲まずにカフェから出て行ってしまった。
俺は女に奢ることは当たり前のことだと思っているが、食い物を無駄にすることは大嫌いだった。口に付けてみて味が苦手でどうしても食べられないとか、量が多すぎて食いきれなかったのなら仕方がない。
しかし全く口をつけないとはどういう了見なのだろう。
人の貴重な時間と金を無駄にしやがって。
俺はやるせない思いで店を出た。
しかし、次の日になると加茂野真弓から甘ったるいメッセージが届いた。
「昨日は急に帰ってごめんなさい。でもやっぱり私は鹿内先輩が好きです。」
そしてウサギがハートを背負って顔を赤く染めているスタンプが3個続けて送られてきた。
昨日はあんなに不満を述べていたのに、今日はいきなりの手の平返し。
全くどういうことだよ。
わけがわからなかった。
俺は恋愛経験豊富な陽平に、こんな時どう対処しているか相談してみた。
「それは駆け引きをしているんだろうな。」
陽平はそんなこともわからないのか?という顔をした。
「駆け引き?」
「そう。自分からガンガン相手に迫ってみた後に、今度はスッと冷たくしてみせるのさ。
そうすれば相手は不安になって、自分のことだけを考えてくれるようになると思うだろ?
恋愛の初歩的なテクニックだよ。」
「くだらねーな。そんなまどろっこしいことをするのが恋愛なのか?」
「弘毅、お前本当にその子のこと好きなの?好きならその駆け引きに乗っかってやれよ。」
陽平はそう俺に助言するとバンッと背中を叩いた。
「痛ってーな。何すんだよ。」
「もうヤっちまえば?それが一番手っ取り早い。」
「冗談じゃない。そんなことしたら別れるときの罪悪感が半端ねーだろ?」
「もう心の中では別れる準備をしているんだ?」
「陽平。俺、女が全然分からねえ。」
「女心と秋の空っていうだろ?女なんてその日の気分でコロコロ変わるんだから、真面目に考えすぎると疲れるぜ。適当にあしらっておけばいいんだよ。」
陽平の言う通り、加茂野真弓はその日によって甘えて見せたかと思うと、次の日はツンツンとして一緒にいてもスマホの画面から目を離さなかったりした。
そしてそのスマホ画面を見ている目線を俺に向け、その反応を窺っていた。
だから俺も同じことを加茂野真弓にしてみた。
思い切り優しい笑顔をみせたその次の日には、わざとそっけない態度をとった。
すると加茂野真弓は、必死に俺のことを繋ぎ止めようと躍起になっていった。
俺は過去の経験から自分のどういう表情が女を悦ばせるか、どういう仕草が女の心を動かすのかを熟知していたから、加茂野真弓を振り回すのは簡単だった。
そんなことを何ターンか繰り返しているうちに、俺は何のためにこの女と付き合っているんだろう、と心が冷めていき、加茂野真弓に会うどころかラインのメッセージを送ることも億劫になってきた。そろそろ潮時だと思い、俺は誰もいない放課後の理科室に加茂野真弓を呼び出した。
加茂野真弓は約束の時間から10分遅れてやって来た。
少し遅れて待たせた方が、待っている相手より優位に立てる・・・これも恋愛のテクニックだ。
俺は恋愛心理学の本を陽平から借りて読んでいたので、加茂野の行動が手に取るように分かった。しかしいつでも5分前行動をモットーにしている俺には、ただただ不快なだけだった。
「遅れてごめんなさい。」
加茂野真弓は悪びれる様子もなく、姿を現した。
俺は机の上に腰かけながら、両手をポケットに入れたまま投げやりな口調で言った。
「もういい加減、終わりにしない?」
「え・・・?」
「お前との何もかもが面倒くさいんだわ。」
「でも・・・鹿内先輩、私に優しくしてくれるじゃないですか・・・何がダメなんですか?
私、悪い所直しますから!」
「加茂野は何も悪くないよ。悪いのはお前を受け止めきれなかった俺。
きっと俺は心が狭いんだ。だからもう付き合えない。」
案の定、加茂野真弓はしくしくと泣き出した。
まったく女っていう生き物は、すぐに泣けば許されると思っている。
そういうところが面倒くさいんだって、いい加減気づいて欲しい。
泣かせたのは悪かったと思ったが、今ここで最後まで自分が良い人間だと思われたいが為に優しい言葉をかけるのは、加茂野真弓をもっと傷つけると思った。
俺は悪者でいい。黒歴史にしてくれていい。
「話はそれだけだから。じゃあな。」
それだけ言うと、まだ泣いている加茂野真弓をひとり残し、俺は理科室を出て行った。
これが恋愛というものなのか?
だったら俺は恋愛不適合者だ。
相手の気持ちより、自分の気持ちの方に重りが傾いてしまう。
俺は「愛」や「恋」という感情を手に入れることを諦めた。
諦めてしまえばそれはそれで何も不都合はなかった。
俺には野球や歴史の勉強など打ち込むものがあるし、入学したての頃はまったくいなかった男友達も増えてきた。俺がスポーツ全般に詳しかったり、好きな音楽が同じだとわかったヤツらがいたからだ。男同士の方が変な気を遣わずに済むし、話も早い。
俺は不毛な恋愛ごっこから身を引き、自由気ままな日常を取り戻した。
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