第9話 愛犬

ある日、突然陽平が犬を飼うと言い出した。


動物など飼ったことのない俺は、正直反対したかった。


動物は皆、飼い主より先に死ぬ。


可愛がれば可愛がるほど、その別れは辛くなる。


小学校の時に飼っていたクワガタでさえそんな気持ちになるのだから、懐いてくる小動物など飼ってしまったら、いなくなった時に、きっとペットロスというやつになってしまうに違いない。


しかし俺は居候の身だ。


陽平が飼いたいというのなら、それに従うしかない。


さっそくとある日曜日の午後、陽平に連れられて、大型ショッピングモールの中にあるペットショップにふたりで入った。


ペットショップの中には犬、猫はもちろん、ウサギ、ハムスターからインコ、文鳥といった小鳥、金魚や熱帯魚まで幅広く動物を扱っていた。


店内は明るく清潔感に溢れ、ケージの中に入れられた動物たちも心なしか幸せそうに見えた。


犬の種類も様々だった。


ゴールデンレトリーバーといった大型犬からブルドッグ、チワワ、ビジョンフリーゼという真っ白でアフロの髪型をした犬もいた。


俺は最初、大型犬がいいと思った。


散歩するなら大型犬の方が早く走れるし、自分の運動にもなると思ったからだ。


しかし陽平は動物を愛でる目を細めながらつぶやいた。


「飼うなら小型犬がいいな。インスタに上げたら、女の子に沢山いいねがもらえそう。」


などと不純な動機を述べながら、小型犬達のケージに見入っていた。


「よし!この子にしよう!」


そう言って陽平が指を差したのは、一匹のトイプードル。オス。1歳。


茶色の毛並みをカールしたぬいぐるみのようなその犬は、たしかに可愛かった。


しかし男が飼うには少々可愛すぎないか?という懸念も湧いた。


そんな俺の気持ちなどお構いなく、陽平は店のスタッフに目当てのトイプードルを引き取りたい旨を告げ、犬を飼うのに必要なこまごまとした用品も一緒に購入した。


もちろん膨大なその荷物を車まで運ぶのは、俺の仕事だった。


店のスタッフは俺達にそのトイプードルのことをこう説明した。


「この子、ママが大好きだったんですけど、母犬と早くにお別れしちゃってね。


でも人懐っこいから、飼いやすいと思いますよ。


可愛がってあげてくださいね!」


陽平は俺に目くばせしてつぶやいた。


「俺達と同じだな。」


陽平はそのトイプードルの名前を「マルコ」と名付けた。


もちろん昔のアニメーション「母を訪ねて三千里」からとった名前だと確認せずともすぐに分かった。俺達とこのトイプードルの境遇を重ね合わせて付けたのだろう。


「母を訪ねて三千里」は13歳の少年マルコがイタリアのジェノバから南米のブエノスアイレスまで母を探し尋ねる物語だ。マルコの父親は診療所を経営していたが、貧しい人々を無料で診るなどしていて借金が重なってしまい、母親が高賃金を求めて南米へ旅立った。


そしてマルコはその母親を探しに旅に出るのだ。


俺の実の母親も、親父という価値のない男を捨てて、新天地へ飛び立ったわけだ。


いや、マルコの母は家族の為に旅立ったが、俺の母はただ自分の為だけに旅立った。


比べるのもおこがましい。


それに俺はもうあんな母親を追い求めるなんてことは、金輪際しないつもりだ。


陽平が付き合う女は、どこかしら陽平の母、俺の伯母に雰囲気が似ている。


陽平は心のどこかで、母親の面影を追い求めているのだろうか。


俺はトイプードルについて調べてみた。


何か新しい出来事や言葉に出会ったとき、専門書でその意味を調べるのが俺の癖だった。


「だからお前は理屈っぽいと言われるんだよ。俺みたいにフィーリングで物事に対応していけよ。」と陽平によく言われるが、こればかりは性分なので仕方がない。


「トイプードル」という言葉を犬の飼い方という本を読んでひも解いていくと、元々はフランス原産で、その昔はカモを水辺で回収する役割を担っていたらしい。


それが貴族の愛玩動物になり、可愛がられるようになったという。


性格は非常に賢く、社交的で飼い主に従順。


他の動物とも仲良くなりやすく、水浴びやおもちゃをとってくる遊びを好む、と書かれていた。


俺はマルコのことを初めは遠巻きに眺めていたが、元々動物は好きな方だし、一緒に住み始めるとやはり情が沸くというものだ。


いつしかマルコの朝の散歩は俺の担当になっていた。


マルコは俺が外から帰ってくると、走って出迎えてくれる。


ボールを投げてやると一心不乱に食いついて、やがて俺のところへ持ってくる。


動物は裏表がなくていい。


自分の気が向かない時は、俺に気を使ってすり寄ってきたりしない。


ただ心のままに行動し、遊び、眠る。


そんなマルコを見るたびに、俺は毎日癒され、いつしか俺の生活に欠かせない存在となった。


ラインのアイコンもスマホの待ち受けもマルコにするほどで、俺が一人孤独に老いてもマルコがいればそれでいい、とさえ思った。


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