第7話【ご一緒に寝てもよろしいでしょうか?】

「えへへ、ごしゅじんのにおい、すごくあんしんするー」

「申し訳ございません。窮屈ではありませんか?」


 今のこの状況を説明すると、三人同じベッドの上、川の字になって横たわっている。

 ある日の荒れた天気の深夜。

 突然鳴り出したカミナリが怖い姉妹は、二人だけで自分たちの部屋で眠ることができず、助けを求めるように俺の部屋へとやってきた。

 

「もしもご主人様の睡眠の妨げになりそうでしたら、その時は私たち床で寝ますのでお気になさらず」

「とりーしゃはごしゅじんといっしょにねるー」

「ダメよトリーシャ、あなたも床で寝るの。それとも、部屋に戻って一人で寝る?」

「いや! カミナリ怖い! とりーしゃのおへそ、とられちゃう......」

「じゃあワガママ言わないの」


 頼むから俺を挟んで姉妹喧嘩はしないでくれ。

 ベッド自体キングサイズだから大人一人に子供二人では全然狭さを感じないし、逆に気を遣われて床に寝られる方が睡眠の妨げになってしまう。


「ごしゅじんやさしー、だからだいすきー」


 俺の右腕にコアラみたいに抱き着き、トリーシャは頬をすりすりと擦りつけた。

 この年にしてもう男の扱い方をわかっているらしく、将来がちょっと不安になる。


「まったく、トリーシャはご主人様に甘えすぎなんだから」


 そう言う俺の寝間着の袖を掴むリーシアも、妹に負けず劣らず距離が近いんですが。

 顔を横に倒すとすぐ目の前にリーシアの綺麗な碧眼へきがんが現れてドキっとし、慌てて正面に戻す。

 加えて年頃の女の子らしい、甘く良い匂いが俺の鼻腔を通じて脳内に伝わり、なんとも青春時代の懐かしい感覚がよみがえる。

 ――まいったな、これは朝まで眠れないパターンになりそうだ。


 *** 


「......あの、ご主人様、まだ起きていますでしょうか?」


 真っ暗闇の部屋の中、隣で寝ているリーシアが確認するかのように小さく問いかけた。

 外は嵐が過ぎ去ったのか、夜の静寂が訪れている。


「はい。実は私も眠れなくて」

「......すぅ......すぅ」


 リーシアとは対照的に、トリーシャはというと、灯りを消した数秒後に即寝息が聞こえてきた。


「よろしければ、少しお話ししても大丈夫でしょうか?」


 声音こわねからなにやら重要な話の雰囲気を察して、俺は天井を見つめながら小さく頷き、了承する。


「――もうお気づきになっていると思いますが、実は私とトリーシャは、本当の姉妹ではありません」


 そのことについては、出会った時から薄々そうだろうなと予感していた。

 種族が一緒なのに姉妹で瞳の色が違うというのは、普通ありえない。


「トリーシャは私の姉の子供、つまり本当は姪にあたるのです」


 真実を語るリーシアに、俺はただ黙って聞いていることにした。


「戦争で故郷を失った私たち姉妹は、奴隷商に売られ、それはもう酷い扱いを受けてきました。その時から既に姉のお腹の中には、故郷の幼馴染との間にできた赤ちゃんがいました。それがトリーシャです」


 自分の出自が明かされているとは知らず、何か食べ物の夢でも見ているのか、タレ耳トリーシャはよだれをたらしながら幸せそうな眠りについている。


「姉はトリーシャを生んですぐに亡くなってしまい、引き取った私はこの子の分まで必死になって働いてきましたが――小さい子を連れての奉仕を嫌がるところは多く、何度も奴隷市場に戻されました。仮に私たち姉妹を受け入れてくれる方がいても、トリーシャに対して異常な感情を持つ方がほとんどで、とても安心できる環境ではありませんでした」


 なるほど、それで出会った当初はあんなに牙を剥き出しにして威嚇していたわけか。


「私たち種族は生物が流すオーラから、その相手が善人か悪人かをある程度判断できる能力を持っています。疑心暗鬼になっていた私には感じ取ることができなかったのですが、幼いトリーシャはご主人様からそれを純粋に感じ取ることができたみたいです」


 遠回しに俺が善人だと言われると、なんか背中がムズムズして照れくさい。

 昔から動物には何故か不思議と懐かれていたけれど、それって俺から発せられるオーラが理由だったのか。決して美味そうなにおいがするとか、そういうのじゃなかったのね。


「本来でしたら母親のように接するのが正しい選択なのかもしれませんが......母親代わりにこの子を育てられる自身が無く、あくまで姉として接することに決めました」


 淡々と語るリーシアだが、当時幼かった彼女なりに悩んだ結果の選択だと思うと何も言えなかった。


「なので先日海へ行った時、トリーシャからお母さんみたいと言われて、とても嬉しかったです。こんな私でも、この子の親代わりにはなれているんだなぁって」


 枕が擦れる音がしてリーシアの方を向けば、真っ暗闇の中でも神秘的に輝く瞳が、俺を見つめていた。

 初めて近い距離で直視する碧眼は、吸い込まれそうなほど綺麗で、それは同時に彼女がオオカミ系の半獣であることの証明でもある。


「これも全て、ご主人様のおかげです。もしもご主人様に出会えていなければ、きっとトリーシャともはなばなれになり、今頃私は日々を絶望したまま生かされていたと思います」


 優しく微笑み、


「ご主人様は私たち姉妹の希望なのです。だから――絶対にいなくなったりしないでくださいね?」


 静かに、けれど懇願こんがんするかのようなその言葉と眼差しが、俺の心に鋭く響き届いた。

 自然と寝間着の袖を握る手にも力が入っている。

 俺はリーシアを安心させる意味も込めて、その艶やかな栗毛色の長い髪を持つ頭を、そっと撫でた。

 前回もそうだったが、リーシアが頭を撫でた時に耳が一瞬ピクンと反応する仕草に、俺はどうも萌えを感じているらしい。


「......ありがとうございます」


 ついさっきまで撫でていた俺の腕を絡めとり、その見事に成長した胸に押しつけるようにリーシアは抱き着いてきた。

 ――二人がこの家にやってきて3ヶ月。

 偶然の成り行きで身元引受人になったとはいえ、少なくとも俺がいま真っ当な生活を送れているのは間違いなく彼女たちのおかげだ。

 改めて、俺はトリーシャとリーシアの二人を全力で守り抜き、幸せにしようと誓った。

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