第6話【これなら本当の夫婦、親子に見えますよね?】

「とりーしゃ、うみにあんなきもちわるいのがいるなんてしらなかった。もうはいりたくない......」


 海からあがり、ビーチパラソルの下でトリーシャは、シートの上に座る俺の横に、時折鼻を鳴らしながらべったりとくっついていた。

 リーシアはというと、少しでも妹が元気になるようにと飲み物を買いに行っている。

 自慢の可愛いシッポをサワガニのハサミの餌食にならなかったのは幸いだったが、まさかあそこまで怖がるとは。

 ひょっとしてこの子、甲殻類全般苦手なタイプ?


「ごしゅじん、もうかえろう?」


 波の音と周りにいる人たちの声で消えてしまいそうなくらい、小さくか細い声で訴える。

 姉妹の思い出にと思って連れて来たのに、これではトラウマの印象が強すぎて、二人とも海が嫌いになってしまう。

 親代わりを務める身としてはそれだけは避けたい。

 まだ日が暮れるまで時間もあることだし、少し試してみるか――


「......おまじない?」


 俺の言葉にきょとんとした瞳で見上げ、涙で腫らしたまぶたで数回瞬きをした。

 そう、今からかけるのはトリーシャがサワガニなんかに負けないための”おまじない”だ。

 暑さで乾き始めているシッポの上を、そっと撫でかざすように守備力アップのおまじない、もとい魔法をかけてあげた。


「......すごい! とりーしゃ、うみがぜんぜんこわくなくなってきた!」


 守備力アップの魔法には、攻撃力アップの魔法と同じく、気持ちを高める効果もある。

 ようするにエ〇ジードリンクを摂取したような、翼を授かったテンション感になるのだ。


「ごしゅじん、いったいどんなおまじないしたの? おしえて?」


 そこはもちろん企業秘密、じゃなくて元勇者のおっさんの秘密ってことで。

 子供にはできるだけ夢を見ていてもらいたいからな。

 俺は口元に人差し指を突き出し、上手く誤魔化した。


「え~、ごしゅじんのいじわるー。でもいいもーん、そのなぞは、みためはこども、ずのうはおとな、このめいたんていとりーしゃが、かならずといてみせるんだから」


 表情だけでなくシッポの方も元気になったトリーシャは、どっかの子供の姿をした名探偵が言いそうなセリフを口にし宣言する。


 ――ところでリーシアの奴、帰りが遅いな。お店までそんな距離はないはずなんだが......。


「ねーねー、ほうこううんち」


 はいはい、それを言うなら方向音痴ね。

 なるほど、真面目で何をやらせてもそつなくこなすリーシアが、まさかそんなドジっ子属性を隠し持っていたとは。

 町への買い物も、防犯の理由から絶対一人では行かせず、俺とトリーシャがいつも付き添っていたものだから全然気がつかないのも無理はない。

 俺はすっかり元気になったトリーシャの鼻を頼りに、二人でリーシアを探しに向かった。


 ***


「あー! ねーねーはっけん!」 


 数分ほど浜辺を歩き回ると、頭の上、肩車状態のトリーシャが声をあげて知らせた。

 潮の香りや人だってそれなりにいるというのに、こんな短時間で探し当てるとは。

 小さくてもオオカミ系ワンコの能力は伊達ではない。

 トリーシャの指さす方向に目をやれば、リーシアは何やら同種と思わしき男性二人に囲まれ困っている様子。


 ......ひょっとしてこれは、ナンパって奴では?

 国柄的に拉致される心配はないと思っていたが、そっちの心配があったか。

 まぁ確かに、リーシアは美人でスタイルもいいし立派な耳とシッポを持っていて、我が家の自慢の娘兼メイドさんだからナンパする奴らの気持ちも充分わかる。

 ――だが、それとこれとは話しが別だ。

 悪い虫、もといオスオオカミには相応のお仕置きをせねばなるまい......。

 

「――あ! ご主人様!」


 俺たちの姿に気づいたリーシアが安堵の表情を浮かべてこちらに駆け寄ってきた。

 トリーシャを降ろし『人の家の娘に何してんだ、コラ』という雰囲気を出して男たちに近づくと、一歩後ずさりし『なんだよ、既婚者で子持ちかよ』と小さく捨てゼリフを吐いて去っていった。

 あれ? もうちょっと喰らいついてくるかと思ったんだが。意外と空気の読めるオスオオカミさんたちでおっさん助かるわ。


「ねーねーおそーい。とりーしゃとごしゅじん、のどからからー」

「申し訳ございません。お店の場所がわからずあの方々に尋ねてみましたら、それより一緒に遊ばないかとしつこく誘われてしまいまして」


 頭を下げリーシアは謝罪する。

 こちらこそ、方向音痴属性持ちに一人で買い物を頼んで申し訳なかったと思うし、リーシアの美貌を過小評価しすぎていた。以後、気をつけます。

 

「ところであの方々、去り際に何とおっしゃっていたのですか?」


 耳の良い種族の彼女が聞き逃すなんて、それだけ怖かったということだろう。


「ごしゅじんとねーねー、とりーしゃのおとーさんとおかーさんっていってたー」

 

 俺が正直に伝えようか一瞬迷っている隙に、トリーシャが嬉々と口に出してしまった。

 ――トリーシャよ、いったいどこで既婚者と子持ちという言葉の意味を覚えた? さっきのコ〇ンみたいなセリフといい、まさかとは思うけど俺の部屋の書物が原因とかじゃないよね?

 だとしたら、トリーシャの今後の成長に悪影響を与えそうな作品は排除しておく必要があるな。

 

「......わ、わ、私とご主人様がふ、ふ、夫婦!?」


 あっという間にリーシアは顔を真っ赤にし、上ずった声をあげる。

 結果として助かったにしても、こんな童顔アラフォーおじさんの奥さんに間違えられて、ホントごめんなさい!

 心の中で俺は、地面に頭を打ちつける勢いでリーシアに土下座した。


「......なるほど、それで諦めて帰られたのですね」


 思ったより早くリーシアはそのことを咀嚼そしゃくし受け入れ、妹の右手を繋いで――


「でしたら、ここにいる間は親子のフリをしないと、不自然ですよね?」


 はにかみつつ、そう目で合図を送るリーシアの意図がわかった俺は、トリーシャの空いている方の手を繋いだ。


「おおー! ごしゅじんとねーねー、とりーしゃのおとーさんとおかーさんみたーい!」


 興奮するトリーシャは両手をブランコのようにブンブン回して喜びを表現している。

 シッポもこれまで見たこともないくらいに横振りが激しい。


「それではご主人様......いえ、あなた様......行きましょうか」


 ――なんだか、本当にリーシアが俺の奥さんになった気分がして、こちらまで顔が熱くなるのが知覚できた。

 トリーシャを真ん中に、俺とリーシアはこの小さな名探偵の手をそれぞれ繋ぎ、仲良し親子のように飲み物を買いにお店へと向かった。



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