第8話【いつか、行ってみたいですね】

「ごしゅじーん、なにしてるのー?」


 季節は移り替わって初秋。

 家の庭の一角に落ち葉を集め焚火たきびをしていると、好奇心旺盛な瞳でトリーシャがやってきた。


「ふふ、今おやつを作ってるからもうちょっと待っててね」

「おやつ?」

「そう、ご近所の方から珍しいものをいただいて。ご主人様に教わりながら作ってるの」


 リーシアの視線の先、焚火の中にはさつまいもが入っている。

 つまりおやつとは、焼き芋のことである。

 最近家の近くに引っ越してきたご近所さんが、挨拶も兼ねてさつまいもをプレゼントしてきたのだ。


「ご主人様を疑うわけではないのですが、本当にこれだけで、ただのお芋が女性が虜になるほどの美味しい食べ物へと変わるのでしょうか?」


 甘いなリーシア。焼き芋だけに。

 こいつは芋は芋でも、俺が元いた世界でのみ存在していた芋。

 俺と同じ異世界召喚者が創作スキルを使い、こちらの世界でも栽培できるよう品種改良したのだろう。


「くんくん......なんかいいにおいがするー!」

「本当......香ばしく甘い、いい香りがしてきました」


 さすがは聴覚だけでなく嗅覚も鋭い種族。

 俺には落ち葉を焼いている炭のにおいしかまだわからない。


「ごしゅじん! とりーしゃもうまてない!」

「こら! 危ないわよトリーシャ!」

「だって~、ねーねーもはやくたべたいでしょ?」

「それはそうだけど......ご主人さま、あの...まだダメでしょうか?」


 我慢できないと言わんばかりに焚火の前に飛び出そうとした妹を制止したリーシアも、ゴクリと唾を飲んでなんとか誘惑に耐えている。

 本来ならもう少し時間のかかるところだが、火は俺自慢の火炎魔法を使用して高温なわけだし、そろそろ大丈夫だろ。

 待て状態の姉妹に思わず口角が上がった俺は、焚火の中からアルミホイルに包まれた焼き芋を取り出す。

 ちなみにアルミホイルはこのためだけに創作スキルで作り出した一品物。


「お芋がこんな黄金色に輝いて――まるで私たちが普段食べているお芋とは別物みたいです」

「みせてみせてー! うわー! このおいもさん、とってもあまいにおーい!」


 割った焼き芋からは食欲をそそる、さらなる香ばしく甘い匂いが溢れ出し、彼女たちをとろけた表情にさせる。

 姉妹で受け取った時の反応が違うのは年齢による差なのだろう。

 焼き芋を渡す前に二人にはあらかじめ厚手の軍手をしてもらい、食べる準備はこれで万端。時はきた。

 しつこいようだが、この軍手も創作スキルで作り出した一品物で――って、それはもういいか。


「「いただきまーす!!」」

「ふー、ふー、はいトリーシャ」

「ありがとー! ......ほふほふっ......!? おいしー!」

「では私も......あふっ.........!? はい! とても美味しいです!」


 リーシアは自分の割った分、半分をトリーシャに息を吹きかけてから渡し、火傷しないよう食べるのを見守ってから自分も口に入れた。


「蒸し焼きにしただけでこんなにも甘さが生まれるだなんて――ひょっとしてこのお芋、とんでもない高級品なのでは――」


 幸せそうに焼き芋を何度も口に運びつつも、職業柄からなのか、リーシアは味の分析も怠っていないようで。


「そうなのですか!? ご主人様の住んでいた国では、これが庶民でも簡単に手に入る金額で購入できるなんて、羨ましいです」


 確かに俺が元いた世界、”あの国”の食べ物の評価は海外の人間から見ても高いと言われ

ていた。

 こっちの世界に飛ばされて、それが事実であることを最初の頃は嫌でも思い知らされたっけ。 


「いつか、連れていっていただけませんか、ご主人様がいた国に」

「とりーしゃもーいきたーい」

「じゃあ三人で行こうね~?」

「「ね~!」」


 焼き芋を頬張りながら姉妹揃って声をあげる。

 正直、俺は元いた世界に何の未練も感じていないし、当然今更帰りたいなんて微塵も思っていない。

 ――でも、この二人とだったら、少しは”向こうの世界”でも楽しく幸せにやれるのかな?

 ふと、そんなことを邪推してしまう自分がいて、それをかき消すように俺は熱々の焼き芋の一欠片ひとかけらを口の中に放り込んだ。

 その後、残った焼き芋のほとんどはリーシアが美味しくいただいた。

 我が家のメイドは、とても勉強熱心である。


 ......ぷぅ。


 食べ終わって一息ついていると、可愛らしい音が聞こえた。


「あ、とりーしゃおならしちゃった」

 

 にへらという表情で音のぬしはあっさりと白状した。

 ――ん? 今、「も」って言った?


「まったくもうトリーシャったら。女の子なんだからもう少し恥じらいを持ちなさい」

「? なにいってるの? ねーねーもさっきからずっとごしゅじんにないしょで...んぐ」

「そうだわトリーシャ! お飲み物取りに行きましょう! もちろん手伝ってくれるわよね! というわけでご主人様、今お飲み物をお持ちしますね!」


 口を抑えられ、もごもごしている妹を抱き上げ、リーシアは逃げるように家の中へと消えていった。

 ――今日はやけに夕陽が綺麗だな............トリーシャちゃん、ご武運を。

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